大嫌いの先にあるもの
Tシャツジーパンに着がえて、顔を洗ってから事務所に行った。
泣き顔だって気づかれたくなかった。

「失礼します」

中に入ると、大きな机の前で相沢さんが何かの書類を書いていた。

レンタルDVD店の庶民的な事務所とは全然違う。相沢さんが使っている机は社長室にありそうなやつだし、焦げ茶色で統一された室内の家具からは高級感が漂っている。この部屋に入る時はいつも緊張する。パイプ椅子とかスチール製のパソコンラックが置かれているぐらいが気楽でいいんだけどな。

「コーヒー?それともオレンジジュース?」

書類を書きながら相沢さんが言った。

「えっ」

「オレンジジュースかな」

戸惑っていると、相沢さんが冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを出した。

「どうぞ」

相沢さんに紙パックを渡された。手のひらに収まるぐらいのサイズだった。

ヒンヤリとした感触が気持ちいい。

「あ、ありがとうございます」
「座って」

相沢さんに勧められて、こげ茶色の三人掛けの皮ソファに腰を下ろした。
テーブルを挟んだ向かい側に相沢さんも座った。

ネイビーのスーツにサックスブルーのワイシャツ、水色と白の組み合わせのレジメンタルタイ、青系でまとめたコーデが物凄くお洒落。相沢さんのスーツの着こなしは黒須と同じぐらい素敵で、つい目がいってしまう。

これで愛想が良かったら女性にモテそうなんだけどな。怖い感じがするけど、顔だって整ってるし、背も高い。

「そんなにじっと見て、私の顔に何かついてます?」

「あ、すみません。相沢さんのスーツがカッコイイので目の保養を」

何言ってんの、私。余計な事言っちゃった。恥ずかしい。

「これが今月のシフトになります。都合の悪い所はありますか?」

何事もなかったかのように、相沢さんがテーブルの上にシフト表を置いた。

えっ、私の発言、スルーするの?ますます恥ずかしい。ちょっとは反応して下さい。この恥ずかしい空気をどうすればいいんですか。
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