大嫌いの先にあるもの
「オーナー、ただのジョークです。春音ちゃんには指一本触れていませんから」

宮本さんが降参するように両手を上げて、私から離れた。

カウンターに手をついた黒須が厳しい表情で宮本さんを睨んでいる。今にも殴りかかりそうな気配さえ感じる。助けてのサインを本気で受け止めてくれたんだ。

このままじゃ、宮本さんが殴られる。
宮本さんを庇うように前に立って両手を広げた。

「黒須、ごめんなさい。今のは何でもないの。本当に黒須が防犯カメラを見ていたか確かめたくてした事なの」

黒須が怖い表情のままこっちを見て落胆したようなため息をついた。

叱られる。そう思った時、黙ったまま黒ベストの背を向け、歩き出した。

「黒須、待って」
「今、忙しいんだ」

背を向けたままの言葉が冷たく響いた。
怒らせてしまったんだ。謝らなきゃ。許しを請わなきゃ。

「試すような事をしてごめんなさい。本当にごめんなさい」

黒ベストの背中が再び出入口に向かって進んだ。
何も言ってくれないの?許してくれないの?

「黒須、待って」

どんどん背中が小さくなる。私の声が聞えてないみたいに。
初めて黒須に無視された。

もしかして嫌われたの?
心臓に圧力がかかったみたいに苦しい。

追いかけて、その背中にしがみつきたい。だけど、そんな事をしたらすます嫌がられそう。これ以上は嫌われたくない。

嫌われる事がこんなにも苦しい事だって初めてわかった。
さんざん黒須に大嫌いだって言った報いを今、受けているのかもしれない。今度は私が嫌われる番なんだ。

涙が溢れた。
前を向いていられないぐらい涙が出て、その場に座り込もうとした時、誰かに抱きしめられた。
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