大嫌いの先にあるもの
鼻先に香る甘いコロンの匂い。逞しい胸板。そっと背中を撫でる大きな手。顔を見なくても誰に抱きしめられたかわかる。

「ごめん。僕が悪かった」

ポツリと落ちた低めの優しい声。二重の切れ長の目が心配そうにこっちを見ている。黒須だ。そう思ったら次々と涙が溢れた。

自分がこんなに泣き虫だなんて思わなかった。黒須の事になると、心が大きく動いてすぐに涙が滲んでしまう。

さっきは死にそうなぐらい苦しかったけど、今は黒須の腕の中でほっとしている。まさかこんなに気持ちが変わるなんて思わなかった。

黒須の言葉や態度に不安になったり、嬉しくなるのは、やっぱり好きだから……なのかな。

「ごめんなさいは私の方だよ。本当にごめんね。黒須」

そんな事ないよと言うように、大きな手が二度、頭を撫でてくれた。いつもの優しい笑みもあった。

それからバーカウンターに並んで座った。

宮本さんがカウンターに手をついて、黒須に土下座をするように謝ってから、カクテルを二つ出してくれた。

一つはゴッドファーザーで、黒須がいつも飲んでいるやつ。もう一つはシャーリーテンプル。ノンアルコールのカクテルで私が好きなやつだ。

黒須とグラスを掲げて、仲直りの乾杯をした。

「防犯カメラの事、なんで言ってくれなかったの?」

思い切って聞いてみた。

こっちを見た黒須が左頬を上げ、気まずそうな笑みを浮かべた。
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