大嫌いの先にあるもの
「投資ファンドの会社をやっていてね。それを少し手伝っている」

「ああ、『Iファンド』ですね。同じビルに入ってる」

宮本さんの言葉にハッとした。その会社の名前知ってる。
このビルの3階に入っている会社だ。

「そんな近くで黒須、働いていたの?」

「通勤時間1分。便利だろ」

黒須が楽し気に笑った。

そんなに近くにいるなら教えて欲しかった。毎朝、きっちりスーツを着込んでいくから、遠い所に行ってるのかと思った。

「そろそろ戻らないと。ニューヨーク市場が開く頃だ。今夜はドル円が大きく動きそうなんだ」

黒須が腕時計を見る。午後10時になる所だった。

「遅くなるから春音は先に寝ていなさい。鍵もちゃんと閉めるんだよ」

ゴッドファーザーを飲み干すと、黒須は私の頭を撫でてから席を立った。

完全に子ども扱いをされている。妹って言うよりも黒須の娘になった気分。
いつか一人前の女性扱いをしてくれる日が来るんだろうか。

ちらっと宮本さんの方を見ると私たちのやり取りを見て、クスクスと笑っていた。黒須がいなくなった後、きっと言うんだろうな。オーナーはやっぱり春音ちゃんのお父さんみたいだって。

ふと、カウンターの上の空のグラスが目に留まった。黒須が飲んでいたのはゴットファーザーで、私はシャーリーテンプル。

シャーリーテンプルは子役の名前から名付けられ、子どもでも飲めるノンアルカクテルとして作られたって宮本さんが教えてくれた。

そうか。あえてこのカクテルを出したのは宮本さんの洒落だったんだ。
私たちが親子みたいだって言いたかったんだ。

16歳差って、そんなに大きいのかな。
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