大嫌いの先にあるもの
「まだここで飲むのかい?」
「ダメなの?」

ちょっと怒ったような表情で春音がこっちを見た。

「ダメじゃないけどさ」

春音から奪った中身がほとんど残っていないやつを飲み切ると、次のビールを取り出した。

「まだ飲むの?」

プルタブを開くと同じ事を春音が聞いた。

「春音が飲んでいるからね」
「無理につき合わなくていいのに」
「別に無理していないよ。じゃあ、乾杯」

春音の持っている缶ビールと合わせると、小さな声で春音も「乾杯」と言った。一緒に飲む事を同意してくれたみたいで嬉しい。

「もう、やだって何?」

気になっていた事を口にした。

「えっ」
「ビール飲む前に言ってたやつ」

春音の顔がいきなり真っ赤になった。

「顔が真っ赤だぞ」

「だっていきなり聞いてくるから」

「真っ赤になるような事があったのか?」

「うん。まあ」

ごにょごにょと春音が言いづらそうに何か呟いた。

「小さな声で話されても聞こえないんだが」

「だから、その……見たの」

「何を?」

「き、……キスシーン」

春音が恥ずかしそうに言うから、こっちまで恥ずかしくなってくる。

「キスなんてバーの客がよくしてるじゃないか。動揺する程の事か?」

「バーではまだない」

「じゃあ、これから見るよ」

「変な事言わないでよ。もうっ」

春音に肩を叩かれた。あまり力が入っていないから痛くはない。手加減されている事が何だかくすぐったい。

「本当、黒須って意地悪な所あるよね」

春音が唇を尖らせる。小学生みたいな怒り方でおかしい。

「春音がキス一つで赤くなるからいじめたくなるんだ」

「キス一つって。あのね、私が見たのは凄いやつだったんだから」

むきになったように春音が睨んで来た。
< 189 / 360 >

この作品をシェア

pagetop