大嫌いの先にあるもの
「ねえ、聞いてる?」

いつの間にか春音の顔が近くにあってドキッとした。

「えっ、ああ」

全然、聞いていなかった。春音の唇が気になってそればかり見ていた。何を考えているんだ。春音とキスしたいと思った事は忘れなきゃいけない事なのに。

「あっ、もうビールない」

春音がレジ袋を漁りながら言った。
気づけば8缶あったビールは全部空になっていた。

今夜はここで終わりかと思ったら、春音が「お酒取ってくる」と言って、バルコニーを出て行った。
そして、白ワインのボトルと、グラスを2つ持って帰って来た。

「これ飲んでいい?」

甘えるようにこっちを見てくる。そんな顔をされてはダメだとは言えない。

「最後にするんだぞ。明日もまだ鈴原先生の引っ越しがあるんだろ」

「うん。わかっているよ」

春音が機嫌よくワインを開けて、グラスについだ。

「どうぞ」

一人で飲むのかと思ったら、僕にもついでくれた。

「ありがとう」
「乾杯!」

春音の陽気な声が響いた。

「それにしてもここってよく東京タワー見えるね」

春音が外の方に視線を向けた。

ライトアップされ橙色に輝く333メートルの東京タワーが今夜もよく見える。

「この景色、気に入った?」
「うん」

春音がにんまりと笑った。キラキラとしたとてもいい笑顔だ。
ワインがうまく感じる。

「そういえば、東京タワーは六人兄弟だったって知ってるかい?」

春音が意外そうに眉を上げた。
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