大嫌いの先にあるもの
家に帰ると何も手がつかない。

洗濯物を入れなきゃいけないのに。

畳の床に座って、窓の外で揺れる洗濯物を眺めながら、黒須の事ばかり考えていた。

憎まなければいけない相手なのに、今日みたいに優しくされると昔を思い出してしまう。

美香ちゃんが生きてて、黒須の事が好きだった頃を……。

黒須はとても親切だった。

日本に来た時は横浜までドライブに連れて行ってくれたり、家のピアノでホルストのジュピターを連弾してくれた。

初めて合わせた時は二人でミスタッチばかりで酷かったけど、お腹が痛くなる程笑いながらピアノを弾いた。そして次に会った時は息が合う程見事な連弾をした。

「相棒、やったな」

演奏が終わると黒須はそう言って、握手をしてくれた。
骨ばった大きな手だった。握った瞬間、胸の奥が熱くなった。

「圭介さんこそ、よく練習したね」

私の言葉に黒須は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「圭介、沢山練習したかいあったね」

側にいた美香ちゃんが横から口を出した。
黒須が気まずそうな顔をする。

「美香、余計な事言うなよ。兄の威厳が保てないだろ」
「威厳なんてないでしょ。ねえ、春音」
美香ちゃんの言葉に笑った。

あの頃は私も美香ちゃんも黒須もずっと笑顔でいられた。
黒須の事を憎むことなんて考えられないぐらい大好きだった。

ずっとあのままでいられたら良かったのに……。
 
美香ちゃんが強盗に殺されてから、黒須との関係は歪んでしまった。
私はまだ許せない。黒須が美香ちゃんを殺したんだ。
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