大嫌いの先にあるもの
おばあちゃんの言った通り、黒須はやっぱり酷い男だ。

相沢さんの事務所を出ると、5階の黒須の部屋に直行した。
黒須はまだ帰って来ていない。相沢さんからまだIファンドにいると聞いている。

黒須がいない内に荷物をまとめよう。こんな所、もう一秒たりともいたくない。黒須の顔なんか見たくない。

スーツケースを引っ張り出して、片っ端から洋服を投げ込んだ。
黒須に買ってもらったピンク色のドレスとワンピースだけはクローゼットの中に残したままにした。

それから、大学で使う勉強道具にノートパソコンを詰め込んだ。
荷造りをしていると、玄関から足音がした。

「春音、春音」

血相を変えた黒須が部屋に入って来た。
きっと相沢さんから話を聞いたんだ。

「何をしているんだ?」

黒須に背を向け、荷造りを続けた。

「春音、出て行くのか?」

一度目よりも焦ったような声がした。

「おばあちゃんの所に帰ります。やっぱりあなたはおばあちゃんの言っていた通り、最低な人だってわかったから」

「春音、僕の話を聞いて欲しい」

黒須が私の右肩に手を置いた。
その手を強く振り払った。触られるのも嫌で堪らない。

「触らないで!あなたの話なんか聞きたくない」

「春音」

「話す事なんてないから、出て行って」

「僕はある。わかった。そのままでいいから聞いて欲しい。確かに僕は愛理とキスした。毎晩、愛理の隣で酔いつぶれていた。しかし、それ以上の事はしていない。僕が今でも愛しているのは美香だけなんだ。他の女性なんて眼中にないんだよ」

眼中にないって言葉がまたつき刺さる。
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