大嫌いの先にあるもの

好きな人【Side 黒須】

「黒須さん、お待たせしました」

田所ドクターがカウンセリングルームに入って来た。
ここはタワーマンションの20階にあるドクターのオフィス。

美香の事で辛い時はよくお世話になっている。最近はそういう事もなかったが……。

いつものように僕はソファに横になったままでいる。

「ドクター、睡眠薬を処方してくれませんか?ここ一週間、眠れないんです」

向かい側のソファに腰を下ろしたドクターが、じっとこっちを見た。

「酷い顔してますね。何があったんですか?」

「何がって……」

口にするのも苦しい。

「春音が……出て行ったんです」

ドクターの目が大きく見開いた。

「美香さんの妹さんの、春音さん。確か最近一緒に暮らし始めたんですよね」

「そうです。春音のアパートがなくなってしまったので、僕の所に来てもらったんです」

「では、一時的に一緒に暮らしていたという事ですか?」

「最初はそのつもりでしたが……」

「途中から気持ちが変わった?」

「そうです。僕ばずっと春音と暮らしたかった」

「なぜです?」

「一緒にいて安心出来たんです。美香が亡くなってから、初めて穏やかな気持ちになれたんです」

「なるほど。春音さんは安らぎをくれる存在という訳ですね」

「春音の顔を見ると元気になるんです。怒った顔も、笑った顔も、寂しそうな顔も可愛くて、春音と話していると愛しさが込みあがってくるというか、妹ってこんなに可愛い存在なのかって思っていました」

「妹として春音さんが可愛いって前にも言ってましたね」

「はい。一緒に暮らしてからはより愛しくなって。抱きしめたいって思う事も。さすがに春音に嫌がられますから我慢していましたが」

「随分と春音さんと親しくなったんですね。何か切っ掛けはあったんですか?」

「切っ掛けは春音がBlue&Devilで働き出した事かもしれません」
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