大嫌いの先にあるもの
春音が行ってしまう。追いかけなければ。
男に会うなと言わなければ。

だが、床に固定されたように足が動かない。どうして動かないんだ。

くそっ、動け、足!
ありったけの力を込めて床を蹴った。

大きな音が響いた。
ドアの所まで向かっていた春音が驚いたようにこっちを向いた。

「春音!」

カウンターから叫んだ。
春音が慌てたように出て行く。

カウンターを飛び越えて、全力で駆けた。
出入口のドアを開け、店の外まで出た。

春音の姿がない。
店が並ぶ細い路地を出て、六本木通りまで走った。

「春音!」
六本木駅の地下鉄の出入口付近で叫んだ。
通行人たちの目がこっちを向くが、その中に春音の姿がない。

どこだ、どこにいるんだ?

バーからはここの出入口が一番近い。
絶対に春音は近くにいる。

通りの反対側にある駅の出入口を見ると、こっちを見る春音の姿があった。
横断歩道の信号は赤だったが、構わず車の切れ目を見て駆けだした。

渡っている途中でタクシーがこっちに向かって走ってくる。大きなクラクションが鳴った。タクシーが急ブレーキをかけ、30㎝手前で停車する。

「死にたいのかー!」
タクシー運転手に怒鳴られ、そのまま通りを渡り切ると、春音がこっちまで走って来た。

そして怒ったような顔で「危ない事しないで」と胸の辺りを叩かれるが、構わず春音を抱きしめた。

鼓動が早いのはタクシーに轢かれそうになったからじゃない。
ここまで夢中で走って来たのは、春音に会いたかったからだ。

今、わかった。
胸が燃えるように熱いのは春音に恋をしているからだ。
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