大嫌いの先にあるもの
「黒須、酷いよ。どうして私の心を弄ぶような事をするの!」
叩かれた左頬をさすりながら、黒須がこっちを見た。
なぜか私を見る視線が柔らかい。

普通はムッとしたりするんじゃないの?
なんで優しい表情で見るの?

「ごめん。言葉が足りなかった」
すまなそうに微笑んだ表情が眩しい。どんな時も黒須は魅力的だ。頬を叩かれた後だったとしても――。

これ以上好きになりたくないのに、また心が捕まってしまう。
どうしてこんなに惹かれてしまうんだろう。

「春音、付き合ってほしい所がある」
大事な事を思い出したように黒須が言った。

「どこに行くの?」
「美香の所」
「美香ちゃんの所って、つまりお墓参りって事?」
「そう。美香の墓に行こう」
「急にそんな事言われても……、これからバイトだし」
本当はバイトなんか入っていない。これ以上黒須といたくなかった。
一緒にいたら未練がどんどん募っていくから苦しい。

「頼むよ。どうしても春音を連れて行きたいんだ」
頼むよなんて簡単に言わないでよ。心が揺れるから。
結局、惚れた方が弱いんだ。好きな人の頼みは聞きたくなってしまう。

だけど、流されちゃダメだ。
あの夜のキスで黒須の気持ちはわかっている。
愛理さんとしたキスも、私としたキスも黒須にとっては何でもない事なんだ。だから、これ以上、振り回されたくない。

「無理な物は無理よ」
黒須に背を向けた。
< 257 / 360 >

この作品をシェア

pagetop