大嫌いの先にあるもの
「春音、待って」

黒須がついてくる。早足で歩く、私の半歩後ろに気配を感じる。
すぐ側でコツコツと響く革靴の音を聞きながら、頬が緩みそうになった。黒須の気配を感じる事がちょっと嬉しい。

妹以上に思われない事は苦しいけど、それでもいいから黒須の側にいたいと願う私もいる。

本当バカ。自分を見てくれない人をずっと好きでいる事がどんなに辛いか、わかっているのに。

地下鉄の階段を降りると、黒須も当然のようについて来た。
改札の先まではいくらなんでも来ないだろうと思ったけど、黒須はブランド物の長財布からSuicaを取り出して、ピッと改札を通ってしまった。

Suicaを持っていたなんて意外。黒須でも電車乗るんだ。いつも車なのに。
驚いて、瞬きしていると、黒須が「お待たせ」と言って近くまで来た。その一言がやっぱりムカつく。

「待ってませんから。これ以上はついて来ないで。ついて来たら本気で怒るからね」
両手を腰に当て、黒須を睨み上げて強く言った。こっちを見下ろした黒須は「可愛い顔が台無しだよ」なんて事を言ってくる。

バカにされたみたいで腹立たしい。それに私に向ける微笑みもわけわかんない。私一人で怒っていて、バカみたい。もうこんな人の相手していられない。

ふんっと、黒須に背を向けてホームまでの長いエスカレーターを早足で降りた。
後ろを見ると、黒須はいなそうだ。やっと解放されてほっとするけど、寂しい気もした。

2番線に光が丘方面の電車が来るアナウンスが流れた。
乗る電車だ。急いで列に並んで電車を待った。
隣には背の高いスーツの男性が……って、黒須だ!

「ちょっと、どこまでついてくるのよ?」
さっき釘さしたのに、全然聞いちゃいない。
これ以上はさすがに止めて欲しい。おばあちゃん家に帰るだけなんだから。

「春音、電車来たよ」
黒須は私の顔を見ると、ニッコリと微笑んだ。そして当然のように一緒に電車に乗り込んだ。

もう知らない。好きなだけついてくればいい。
家までついて来たら、おばあちゃんに追い払ってもらうんだから。
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