大嫌いの先にあるもの
地下鉄がゆっくりと走り出した。
座席の前のつり革につかまると、そのすぐ左隣に黒須も立った。

肩が触れそうな距離に鼓動が早くなる。
混雑した車内では仕方のない距離だけど、六本木の通りで抱きしめられた事を思い出して、落ち着かない。

あんなに全力で追いかけて来てくれるとは思わなかった。
まだ信じられない。黒須が私の為にそこまでしてくれたなんて。

どうして追いかけて来てくれたんだろう?

ちらりと、黒須の方を見ると鼻筋の通った綺麗な横顔があった。真っすぐに窓の方を向いていて、何かを楽しそうに見ている。

何を見ているの?
黒須の向いている方に視線を向けると、明るい車内の様子が窓にくっきりと映っていた。その中にスーツ姿の黒須とTシャツジーパン姿の私もいる。

服装が全然釣り合っていない。
高そうなスーツを着こなしている黒須はどう見てもご主人様で、私はその召使いって感じ。

これでも一番マシなやつだったんだけどな……。
小さくため息をつくと、窓に映る黒須が微笑んだ気がした。
もしかして私を見ているの?

驚いて、左隣に視線を向けると、黒須の顔もゆっくりとこっちを向いた。そして目を細めて、大事そうに私を見つめる。

また、あの表情……。
今日はずっと優しい表情で見つめられている気がする。

どうしてそんな顔をするの?
さっきのキスは何だったの?

そう聞きたいのに、答えが怖くて聞けない。
意気地なしだな、私。
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