大嫌いの先にあるもの
「そんなに怯えるなよ。取って食いはしないから」
優しく黒須が両手首を握りながら口にした。私よりも高い体温が伝わってくる。触れているだけでドキドキが強くなっていく。

「さっきのは間違えた」
気まずそうに黒須が笑った。

「怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ自分の気持ちを伝えるのに必死で」
何でもスマートにこなす黒須から必死って言葉が出たのが意外だ。思わず笑ってしまう。

「おかしな事言ったか?」
視線が合うと不思議そうに聞かれた。

「なんか必死って言葉が黒須に合わなくて」
「そうか?」
「そうだよ。黒須はいつも余裕があるように見えるから」
「そんな事ないぞ。春音に振り回されていつも余裕なんてない」
また意外な言葉だ。

「私、振り回してなんかないよ。むしろ黒須に振り回されているんですけど。あんな写真が出てくるし……」
愛理さんとの写真がずっと胸に引っかかっている。

「写真?」
「愛理さんとキスしているやつ」
黒須が大きく眉を上げた。

「あれは僕も記憶がないんだ」
「はあ?そうやって言い逃れするの?」
「そうじゃない。本当に覚えていないんだ。どうやらニューイヤーのカウントダウンでした時のようだ」
「カウントダウン……?」
「新しい年が来た瞬間、隣にいる人とキスするだろ?」
実際にした事はないけど、映画とかで見た事がある。

「じゃあ、儀式的なキスって事?」
「そうだ。意味のないキスだ」
「ふーん」
それなら確かに深い意味はないのかもしれない。

「じゃあ、私とのキスは?」
黒い瞳が戸惑ったように揺れた。
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