大嫌いの先にあるもの
「ごめん、黒須、なんか嬉しくて……」
涙の栓が壊れちゃったみたいにどんどん溢れてくる。

「春音、大丈夫だよ」
黒須が優しく背中に手を添えてくれた。

「ごめん、止まらなくて……。なんか、感動したって言うか……。私の恋は一生報われないと、思って…いたから……。黒須に、想われる日が来るなんて……絶対ないと思ってて……」
声が涙で震えている。嗚咽が苦しい。だけど、今のこの気持ちを知ってもらいたい。どんなにこの瞬間が嬉しくて、感動しているか。

初めて会った日からずっと黒須が好きだった。

今でも思い出せる。
金木犀の香りが漂う季節に学校から帰ってくると、リビングに黒須がいた。
チャコールグレーのスリーピースのスーツ姿が素敵で、つい目が奪われた。

――君が春音ちゃん?

じっと見る私の視線に気づいて、黒須がそう声をかけてくれた。

優しい声だった。

――僕は黒須圭介です。よろしくね。

そう言うと、大きな手が私の頭をポンポンって撫でてくれた。

あの時から黒須は特別な人だった。

何度も諦めようと思った。黒須の事を嫌いになろうとも思った。でも、諦められなかった。

美香ちゃんが亡くなって、それから大学で黒須と再会して、やっぱり黒須に心惹かれた。

いけない事だと思いながらも、黒須の存在を無視できなかった。
私の心はどうしようもない程、黒須に捕まっている。

今も、黒須が大好き。
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