大嫌いの先にあるもの
春音をおぶって、エレベーターで5階の自室に戻った。
寝室のダブルベッドに寝かせて、ようやく一息つけた。

何だか疲れた。

ベッドの縁に座り、無邪気な寝顔を浮かべる春音を見下ろす。
眠るには眼鏡が邪魔そうだ。

眼鏡を外すと昔の春音みたいだった。
頬に触れると、とっても柔らかい。
ぷにぷにで触れてるのが気持ちいい。

思わず笑みが浮かぶ。

「美香ちゃん……」

苦しそうに眉を潜めている姿に切なくなる。

美香が亡くなって5年経つが、春音もあの時から動けないままなのかもしれない。

僕を憎まないとやっていられないぐらい、春音の悲しみは大きいんだ。

わかる。

誰かのせいにしないとやっていられない気持ちは。

春音がそれで楽になるのなら、嫌われたままでも構わない。
だが、それで春音は本当に救われるんだろうか。

他にできる事はないだろうか……。

春音の顔を見ながら考える。

そして、春音の悲しみを受け止める為には今よりもそばにいた方がいいと感じる。

その為に、何か正当な理由はないだろうか……。

春音のバイト先には行かないと約束したし……。

大学では話しかけづらいし。春音も嫌がる。

何か理由はないか。

そうだ。
うちで働いてもらえばいいんだ。

寝室を出て書斎に行った。
パソコンを立ち上げて、春音の為の契約書を作る。

作った契約書をプリントアウトし、寝室に戻って春音に声をかけた。

「春音、春音、起きて」

春音が薄っすら目を開けた。

「ここに名前書いて」

右手にペンを握らせると、春音は素直に指定した場所に署名して、また眠った。

これでよし。きっと上手くいく。
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