大嫌いの先にあるもの
ジャズピアニストでもない黒須がピアノの前にいるなんて、何かの冗談かと思ったけど、当たり前のようにピアノを弾きだした。
しかも上手い。
プロみたいな軽快なタッチに驚いた。
イントロに続いて、愛理さんが可愛らしい声で艶っぽく歌い出す。

あれ?この曲知ってる。
美香ちゃんがよく弾いてた曲だ。

『Lullaby of Birdland』

日本語のタイトルは『バードランドの子守歌』
ニューヨークのジャズクラブ「バードランド」のオーナーの為に書かれた曲だって、美香ちゃんが教えてくれた。

歌詞は一見すると、ラブソングのように思えるけど、そのクラブでの出来事をつづっている物だって、美香ちゃんが言っていた。

だから美香ちゃんはこの曲を弾く時は頭の中にクラブを思い浮かべる。どんなお客さんが来てて、どんな想いがあってとか……。

黒須のピアノはまるで美香ちゃんが乗り移ったみたいにそのまま過ぎる。
アレンジも、タッチも……。
黒須の中に美香ちゃんが想像したバードランドがあるみたい。

胸が熱い。

美香ちゃんの事を深く想っていなければ、この演奏は出来ない。
黒須は美香ちゃんの死に対して、何とも思ってないと思っていたけど、そうじゃない。
私は大きな勘違いをしてるのかもしれない。

「春音ちゃん、大丈夫?」
宮本さんに声をかけられ、ハッとした。
「えっ」
「これ、使って」
私の顔を見て、紙ナプキンを渡してくれた。
目の辺りがしょぼしょぼしてる。

不覚にも黒須のピアノを聴いて涙が浮かんでいた。
まさかこんな所で美香ちゃんに会えるなんて……。
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