大嫌いの先にあるもの
曲が終わると、客席から感動を伝えるような拍手が鳴り響く。

愛理さんが黒須を見て、幸せそうな笑顔を浮かべる。
そして、黒須も愛理さんに応えるように満足気な笑顔を浮かべた。

二人の間に特別なものでもあるような、親密さを感じる。
黒須が誰と親しくしていようが関係ないのに、あまり見たくない。

せっかく感動したのに。
泣いて損したような気分になる。

「オーナー来るよ?逃げないの?」
宮本さんがからかうように笑う。
この三日間、黒須の気配を感じると何かと用事を作って、カウンターから離れていた。

バイトを始めてからというか、契約書を見せられた日曜日の朝以来、顔を合わせていない。
とんでもない醜態をさらした身で黒須と向き合うのは勇気がいる。

「別に逃げてるわけじゃないです」
宮本さんにこの三日で見抜かれているけど、認めたくない。
宮本さんの口から黒須に避けてる事が伝わるのが嫌だから。

でも、今夜は話をしてみようか……。
美香ちゃんと同じピアノだったって、伝えてみようか。

黒須がこちらに向かってくる。
青い照明の下を颯爽とした足取りで。
今夜もやっぱりムカつく程、スーツが似合ってる。

途中、いろんな人に話しかけられて立ち止まる。
その都度、気さくな笑みを浮かべたり、握手をして応えてる。

なんかオーナーらしい。
急に黒須が遠い世界の人のように見える。
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