大嫌いの先にあるもの
「立花さん、少しいいですか?」

黒須の方を見ていたら、近くで声がした。

「え」

カウンター越しに相沢マネージャーが立ってる。
リムレス眼鏡をかけてて、スーツ姿で、やり手のビジネスマンって感じの人だ。
年は黒須と同じ36歳ぐらいで、背も高い。180㎝以上はありそう。
黒須からかなりの信頼を得ているらしい。

バイト初日に相沢マネージャーからは壊したピアノについて説明があった。なんと私が破壊したピアノは高級メーカーのスタンウェイの物だったらしい。

ピアノを習っていたので、スタンウェイがどれほど高価なピアノであるかという事はよく知ってる。

だからメーカー名を聞いて、胃が縮んだ。
修理代は50万円どころではきっとないはず。

大学を卒業した後も、ただ働きをしてるかも。
一瞬だけど、そんな事も考えて、胸が苦しくなった。

しかし、幸いにも修理代のほとんどが保険適用され、そこから足が出た分の50万円が私の負担になると、相沢マネージャーは丁寧に説明してくれた。

50万円で済んで良かったと、その時はほっとしたけど、そんな緊張感ある話を初対面でされているので、それ以来、相沢マネージャーを見ると反射的に緊張する。

今も胃が痛むほど。

「何でしょうか」
恐る恐る、相沢マネージャーを見た。
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