大嫌いの先にあるもの
「ちょっとこちらへ」

相沢マネージャーに手招きされ、カウンターを離れる。
そのままマネージャーの後ろを歩き、着いたのはトイレの前。

「女子トイレの掃除をお願いします」

眉一つ動かす事なく、業務を言い渡された。それはまるで鉄仮面を付けてるみたい。
マネージャーを見て、緊張するのは表情があまりないのも原因かも。

「では、よろしくお願いします」
マネージャーが立ち去ろうとする。

えっ、説明それだけ?

掃除の仕方は教えてくれないの?
掃除道具とか、洗剤とかの場所は?気をつける事は?

「あの」

思い切って声をかける。
鉄仮面がこっちを向く。

「手が空いてるスタッフは立花さんしかいないのでお願いします。では」

聞きたいのはそういう事じゃなくて……、

「あの、掃除の仕方は家のトイレと同じようにやればいいんでしょうか?」

マネージャーがフッと笑った。
初めて見る緩んだ表情。笑うと鉄仮面も多少は優しく見える。

「指示は中のスタッフに聞いて下さい」

なんだ。中に人がいたのか。
良かった。一人で広いトイレを掃除しなければいけないのかと思った。

「もうよろしいですか?」

忙しそうにマネージャーが腕時計を見た。

「あ、はい。引き止めてすみませんでした」

深く頭を下げる。
コツコツと遠くなる革靴の音がした。
顔を上げるとマネージャーの姿はなかった。
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