大嫌いの先にあるもの
「こんばんは」

ばっちりと黒須圭介と目が合った。
反応できず思考が固まる。

「ここで会えるとはね」

それはこっちのセリフ。
なんでいるのよ?そう聞きたいけど、若菜の前では言えない。
黒須との関係がバレるような事はしたくない。

「黒須先生!私たちのこと知ってるんですか?」

横から若菜が感激したように言った。
その表情はアイドルに憧れるようなものだった。

そうか。黒須が今夜ここに来ることを知ってて、この店に来たんだ。
最悪。来るんじゃなかった。

「僕の講義を取ってくれてる学生さんでしょ?」

近くで聞く黒須の声に耳の奥が熱くなる。
甘いコロンの香りも、そばに立つ気配も、
彼の存在すべてが私を動揺させる。

近くにいたくない。

「ドリンク取って来る」

バーカウンターの方に向かった。
 
胸が苦しい程、締め付けられる。

黒須と直接話したのは一年前に彼が大学に来て以来だった。
知り合いである事を口止めしたく、仕方なくこちらから話しかけた。
 
約束は多分、守ってくれてるんだろう。
さっき、直接私を知ってるとは言わなかったし。

でも、やっぱり黒須が気に入らない。

いきなり話しかけてくるなんて不意打ちだ。どこで会おうと私とはもう関係ないから、話しかけないで欲しいと言ってあるのに。

チケット代は惜しいけど、これ以上黒須と関わりたくない。

ジャズの生演奏、聴きたかったな……。

ため息をついて、こっそりバーを出た。
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