大嫌いの先にあるもの
「きっとニューヨークで覚えたんでしょうね。私は作ってもらった事ないから。美香ちゃん、家ではあまり料理しなかったし」

沈む空気を振り払うように、明るい声で話した。
黒須の事は嫌いだけど、寂しそうな顔をされると何とかしたくなる。

「そうなんだ」

黒須が意外そうにこっちを見る。
視線が重なって緊張する。

「立花家のご飯は美香が作ってたのかと思った。料理上手だったから」

クスリと黒須が笑う。
美香ちゃん、料理上手だったんだ。知らなかった。
黒須にだけ見せていた所なのかもしれない。

「ご飯はおばあちゃんと家政婦さんが作ってました。だから美香ちゃんも私も家事は全然だったんですけどね」

「春音も料理はしないの?」

「家を出るまではしなかった。一人で暮らすようになってようやくって所です」

「どうして家を出たの?」

「どうしてって……三回目の離婚をして母が家に帰って来たから」

「お母さんと相変わらずうまくいってないの?」

黒須が心配そうに眉を寄せる。

「まあ、そうです。あの人、家で仕事するから邪魔くさくて」

「脚本家だもんな」

「家が一番、筆が進むとか言っちゃって、すっかり居ついてます。家事は全くやりませんけど」

「春音のその毒舌っぷりいいね」

黒須が楽しそうに笑う。その笑いにつられて笑った。
こうして向かい合って家族の事を話すのは美香ちゃんが亡くなって以来なかった。

こんな風に自然と黒須と笑える日が来るとは思わなかった。
美香ちゃんがいた頃みたいに黒須との距離感が心地いい。
警戒していた気持ちも、話しながら自然と武装が解けていく。

なぜだろう……。
< 72 / 360 >

この作品をシェア

pagetop