大嫌いの先にあるもの
居心地のいい空気の訳を考えていたら、黒須と視線が合う。

「どうした?」

コーヒーカップを置いて、黒須が静かに聞いた。

「なんか不思議だなって」

「何が?」

「あなたの事大嫌いなのに、今は楽しいから」

黒須が苦く笑う。

「僕も楽しいよ」

穏やかな表情を黒須が浮かべる。
それから考えるように長い足を組み替えた。

「できれば昔みたいに春音とは付き合いたい」

驚いた。

そんな風に思ってくれてるなんて知らなかった。
だって私は美香ちゃんの事で責め続けてるのに。

「どうして?私、酷い事ばっかり言ってるのに」

黒須が肯定するようにゆっくりと頷く。

「うん。酷いね。毎回、かなり落ち込むよ」

率直な言葉に胸が締め付けられる。
やっぱり黒須を傷つけてたんだ。 

「ごめんなさい。私、あなたに裏切られた気がして許せなかったの。でも、あなたが悪い訳じゃないって、最近ようやく思えて」

視線を向けると黒須が微笑んだ。

「春音がそう思ってしまうのは仕方ない。僕が美香を奪ったようなものだから。春音の言う通り、僕と結婚しなければ美香は殺される事もなかったかもしれない。僕もそう思ってるよ」

また黒須が悲しそうな顔をする。
美香ちゃんが亡くなってからずっと、黒須は自分を責め続けているんだ。
平気なふりをして。

初めて黒須の心の中を垣間見た気がする。

「そんな顔しないで」

「えっ」

「あなたが悲しそうな顔をするの見たくないの」

「心配してくれてるのか?」

「わからない。でも、嫌なの」

「春音」

黒須の手が伸びて頬に触れる。
大きくて温かい手だった。
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