大嫌いの先にあるもの
黒須に連れて来られた場所は大学の外にある、お蕎麦屋さんだった。
暖簾をくぐり、店に入ると、すぐにカウンターがあった。
サラリーマンらしき男の人たちが座り、蕎麦を食べている。

「黒須さん、いらっしゃい」

カウンター奥の紺色の割烹着姿のおじさんがこちらに声をかけた。

「おやじさん、上いい?」

親し気な感じで黒須も言った。
よく来るんだろうか。

「いつもの部屋空いてますよ。どうぞ」
「ありがとう。ざるそばセット二つね」
「かしこまりました」

黒須がカウンターの側から離れて店の奥に進む。

「こっちだよ」

出入口で立ち止まってると、黒須が振り向いた。

「あ、はい」

逃げ出す隙はないようだ。
渋々、店の奥に進み、赤い絨毯が敷かれた階段を登った。

二階には障子戸で仕切られた部屋がコの字型に並んでいる。
黒須は一番奥の部屋の前の三和土の所で黒い革靴を脱いで上がった。それに従い、私もスニーカーを脱いで上がった。

障子戸の先には四人座ればいっぱいになりそうな広さの和室があった。

「どうぞ」

立ったままでいると、黒須にテーブルの前を勧められた。
黒須から一番距離を取れるテーブルを挟んだ斜向かいの位置に腰を下ろした。
そんな私に黒須が小さく笑う。

「何ですか?」
「別に。歩いたから喉乾いたね」

黒須は当たり前のようにテーブルの脇に伏せてあったガラスコップを二つ取って銀色のポットから麦茶らしき液体を注いだ。

「はい」

ガラスコップの一つを私の前に差し出す。

「冷たいほうじ茶だよ」

喉が渇いていたので、手を伸ばした。
確かに、麦茶ではなくほうじ茶だった。
香ばしくて美味しい。
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