王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます

恥とトマトとパステーク

 一瞬のことである。

 ゴロゴロしている石やら小岩やらに、背中があたってしまう。

 すぐにでも衝撃やってくることを覚悟した。

「おっと」

 そのとき、彼が背に腕をまわして抱きとめてくれた。

 彼は『だから注意しただろう』とか『どん臭いんだな』とか、そんな言葉を発することなかった。そんな類の表情を、美貌に浮かべることもなかった。

 彼は、わたしを立たせてくれた。そして、わたしからすばやく離れて距離をおいた。

 二度の注意がきいているのね。

 それにしても恥ずかしい。

 わたしってば、彼の前でどれだけ恥をかけばすむわけ?

「ほら、これ。今朝、もいで冷やしておいたんだ。とりあえず、トマトをどうぞ。パステークはすぐに切るよ」

 差し出されたのは、大きな赤いトマト。見ると、沢に網の袋が入っている。その網袋の中には、トマトやパステークなどがいっぱい入っている。
 
 沢の水で冷やしているわけね。

 先程転んだのがバツが悪すぎて、無言のままトマトを受け取った。それから、一口かじってみた。

 お、美味しい。美味しすぎる。

 気がついたら、貪るようにして食べていた。でっ、あっという間になくなってしまった。

「これもどうぞ」

 黒い縞模様の入った人の頭位の大きさのパステークを八分の一に切り、その一つを手渡してくれた。

 わたしの国にはない食べ物である。小説の中でしか見たことがない。

 赤い果肉が、みずみずしさを感じさせる。

 木洩れ日がそのみずみずしさを強調している。

 小説の中では赤い果肉の中に黒い種があって、ヒロインが口から種を「プッ」と飛ばしていた。

 これには黒い種がないわね。

「それは、種無しなんだ。さあ、食べてみて」

 彼は、わたしの心を読んだかのように説明してくれた。

 一口かじってみた。「シャリッ」という小気味よい音とともに、口の中に甘い汁が広がる。

「甘くて美味しい……、ま、まあまあじゃない」

 悪女を気取るのもラクじゃないわ。

 つい口から素直な感想が出てしまい、慌てて悪女っぽく言い直した。

「気に入ってくれたのならいいんだけど。まだあるから、腹一杯食ってくれ。こんなところだけど、マナーなど必要ないからラクだろう?」

 彼もパステークを食べはじめた。

 だから、わたしも口を動かし続けた。

 もちろん、食べる為にである。
< 11 / 45 >

この作品をシェア

pagetop