王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます

メモ書き

 メモは、共通語で書かれてある。

 とてもきれいで読みやすい文字で綴られている。

「親愛なるエリ。しばらく待ってみたが、気持ちよく眠っているので起こすことが出来なかった。先日のお礼をしたくて、出直してプレゼントを持ってきた。小腹がすいたら食べてくれればさいわいだ。またの再会を楽しみにしてるよ。レイ」

 綴られている文字を見ながら、なぜか彼らしいと思った。

 っていうか、ちょっと待って……。

 彼ったら、わたしの寝顔をじっと見ていたというの?

 なんてことかしら。眠っているときの自分にまったく自信がないんですけど。

 寝言、歯ぎしり、いびき……。

 まさか、寝相は大丈夫よね。寝落ちする前と同じように木の幹にもたれていたし。

 彼がじっとわたしの寝姿を見つめている姿を想像すると、途端に恥ずかしくなった。

 そこでハタと気がついた。

 王太子に無断で部屋に入ってこられて寝顔を見られたことはむちゃくちゃ腹が立ったけれど、レイが側に立って見ていたことには腹が立たない。

 この差はどうしてかしら?

「グルルルルルル」

 そのとき、お腹の虫が暴れはじめた。

 まあいいわ。とりあえず、腹ごしらえよ。

 空腹感は、羞恥心や疑問をはるかに上回っている。

 バスケットに手を伸ばした。まずはトマトをつかむ。

 沢で冷やしていたに違いない。なんとなく冷えているような気がする。気のせいだろうけど。

 かじってみた。レイに手渡され、貪り食べたときと同様に美味しい。

 不意に涙がこみあげてきた。って認識したときには、それらがポロポロと落下して頬を伝いはじめる。

 自分でも驚いた。

 そんなにひもじかったの?

 胸がうずいている。鈍い痛みみたいな、表現のしにくい感覚である。

 空腹感からきているのね。

 泣く、なんてことじたい、ずいぶんとなかった。

 いつだってしょせん「戦利品」という存在。だから、そんな感情はもたないようにしていた。
 たしかに、「戦利品」としてたらいまわしになった最初のうちにはまだ感情はあった。だけど、それも次第に薄らいでいった。

 いつしか、何も感じなくなっていた。

 いいえ。自分の心を守る為、どんな感情も抱かないように頑張っていた。

 それなのに、感情が涙となって溢れてきた。一度溢れ出てきたら止まらない。それこそ、貯水池から放出された大量の水のように、とどまることを知らない。

 ダダもれの涙が塩っ辛い。

 トマトとりんごにかぶりつき、パンにはジャムを塗った。白いパンはふわっふわでバケットは皮はパリッパリである。それらに木苺のジャムをぬった。

 一心不乱に食べた。その間も涙は止まらない。

 水の入った瓶を開けた。

「プツプツ」と小さな音がきこえてるので驚いてしまった。

 そうだわ。レイの崩れかけているレンガ造りの屋敷の近くにあった泉。通りすぎたときに「プツプツ」と音がしていたっけ。

 炭酸泉だったのね。

 当然、飲むのは初めてである。何かの小説で炭酸泉が出てくるシーンを読んだことはあったけれど。

 瓶を傾け飲んでみた。

 口中が爽やかな感覚に満たされる。

 レモンをしぼってくれたのね。よりいっそう爽快感を感じる。

 バスケットの中身は、あっという間になくなってしまった。

 完食した後もまだ、涙は止まらなかった。 
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