王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます
王太子がバラ園にやってきた
「ええ、そうね。いいお天気だから、ここで本を読んでいるの」
「読書日和、というわけですね。わたしは、エドです」
はい?
この王宮って、ちゃんと名乗らない謎だらけの人が多すぎるわ。
エドもまた、略している愛称に違いない。
「エリです」
だから、わたしもついそう名乗ってしまって……。
ああ、わたしのバカ。
エリって、いまこの王宮でもっともホットな人物じゃない。だれもが捜している謎の下女よ。
それを名乗ってしまうなんて。
「はじめまして」
そんなわたしの焦りをよそに、エドは日焼けしているそこそこの美貌に、やさしい笑みを浮かべた。
彼があのエリだと気がついているのだとしても、そのやさしい笑みからはうかがいしれない。
「はじめまして」
いらないことは言っちゃダメ。
警戒してしまう。
わたしだけじゃない。レイも危なくなるかもしれない。
そのとき、人の声が微風にのってきこえてきた。
こんなところにだれがやって来るの?
声が流れてくる方に視線を向けた。
ここは、庭園の一画にあるバラ園。当然、だれかがバラやその他の花を見に来ることはある。
だけど、一度だって庭園でだれかを見たことがない。
レイだって「ここに花を愛でるような人はいない」というようなことを言っていた。
なのに、なぜ?今日にかぎって人が来るの?
しかも、声はどんどん近づいてくる。
ハッとすると、つい先程まで眼前にいたエドがいなくなっている。
まるで白昼夢だったかのように、エドは消え去ってしまった。
色とりどりのバラに見え隠れしつつ現れたのは、わたしの夫であるはずの王太子と、図書室で後ろ姿を見かけた男である。
頭のてっぺんだけが禿げているから、まず間違いない。
彼らの進路上に例の小屋がある。彼らは花壇を二つはさんだ通り道を通りすぎようとして、わたしに気がついたみたい。
王太子が足を止め、体ごとこちらに向き直った。当然、その連れの小太りで「頭てっぺん禿げ」もそれにならう。
王太子と目が合った。
どうしようかかんがえた。図書室での二人の会話を思い返してみた。
小説風に表現すれば、王太子は黒幕である。そして「頭てっぺん禿げ」は、実行犯を取り仕切っている小悪党である。
ここで下手に絡めば、ボロを出してしまうかもしれない。
とはいえ、このまま引き下がるのも癪である。
「何をジロジロ見ているのかしら?」
妥協して、そう尋ねてみた。
わたしったら、よりいっそう悪女らしくなっているわよね。
心の中で自画自賛しておく。
「何をしている?」
あいかわらず無口な彼である。無表情でもある。美しい顔に浮かぶ冷たい表情と、よりいっそう冷たい視線。沈みかけている夕陽ですら、凍えてしまいそうだわ。
「見てわからないかしら?読書よ。部屋だと息が詰まってしまうから、ここで読書をしているの」
答えてから、ふんっと鼻を鳴らした。
「頭てっぺん禿げ」が、あからさまに蔑みの表情を浮かべ、わたしを見ている。
「あなたこそ、何をしているの?横の人はだれ?ずいぶんと無礼な人ね。それを言うなら、あなたの使用人たちは揃って無礼な人ばかりだけど。躾がなっていないんじゃないかしら?」
「……」
わたしの突然のクレームに、王太子は口をへの字に曲げてだんまりを決め込んだ。
「失礼いたしました。けっしてそういうつもりじゃなかったのです。わたくしは、宰相のマチアス・バルリエ公爵です。王太子妃殿下、ご挨拶申し上げます」
「ずいぶんと遅い挨拶ね、マチアス。あなたにしろ王宮の侍女や執事にしろ、「戦利品妻」のわたしをなめきっているでしょう?殿下にそのように扱われるのならいざしらず、表向きは王太子妃よ。あなたたちも、表向きは敬意を払うくらいなさったらどうかしら?それとも、殿下に『蔑ろにしろ』、『なめてかかれ』とでも命じられているの?」
「頭てっぺん禿げ」には悪いけど、王太子に揺さぶりをかけたい。わざと居丈高に責めてみた。
「読書日和、というわけですね。わたしは、エドです」
はい?
この王宮って、ちゃんと名乗らない謎だらけの人が多すぎるわ。
エドもまた、略している愛称に違いない。
「エリです」
だから、わたしもついそう名乗ってしまって……。
ああ、わたしのバカ。
エリって、いまこの王宮でもっともホットな人物じゃない。だれもが捜している謎の下女よ。
それを名乗ってしまうなんて。
「はじめまして」
そんなわたしの焦りをよそに、エドは日焼けしているそこそこの美貌に、やさしい笑みを浮かべた。
彼があのエリだと気がついているのだとしても、そのやさしい笑みからはうかがいしれない。
「はじめまして」
いらないことは言っちゃダメ。
警戒してしまう。
わたしだけじゃない。レイも危なくなるかもしれない。
そのとき、人の声が微風にのってきこえてきた。
こんなところにだれがやって来るの?
声が流れてくる方に視線を向けた。
ここは、庭園の一画にあるバラ園。当然、だれかがバラやその他の花を見に来ることはある。
だけど、一度だって庭園でだれかを見たことがない。
レイだって「ここに花を愛でるような人はいない」というようなことを言っていた。
なのに、なぜ?今日にかぎって人が来るの?
しかも、声はどんどん近づいてくる。
ハッとすると、つい先程まで眼前にいたエドがいなくなっている。
まるで白昼夢だったかのように、エドは消え去ってしまった。
色とりどりのバラに見え隠れしつつ現れたのは、わたしの夫であるはずの王太子と、図書室で後ろ姿を見かけた男である。
頭のてっぺんだけが禿げているから、まず間違いない。
彼らの進路上に例の小屋がある。彼らは花壇を二つはさんだ通り道を通りすぎようとして、わたしに気がついたみたい。
王太子が足を止め、体ごとこちらに向き直った。当然、その連れの小太りで「頭てっぺん禿げ」もそれにならう。
王太子と目が合った。
どうしようかかんがえた。図書室での二人の会話を思い返してみた。
小説風に表現すれば、王太子は黒幕である。そして「頭てっぺん禿げ」は、実行犯を取り仕切っている小悪党である。
ここで下手に絡めば、ボロを出してしまうかもしれない。
とはいえ、このまま引き下がるのも癪である。
「何をジロジロ見ているのかしら?」
妥協して、そう尋ねてみた。
わたしったら、よりいっそう悪女らしくなっているわよね。
心の中で自画自賛しておく。
「何をしている?」
あいかわらず無口な彼である。無表情でもある。美しい顔に浮かぶ冷たい表情と、よりいっそう冷たい視線。沈みかけている夕陽ですら、凍えてしまいそうだわ。
「見てわからないかしら?読書よ。部屋だと息が詰まってしまうから、ここで読書をしているの」
答えてから、ふんっと鼻を鳴らした。
「頭てっぺん禿げ」が、あからさまに蔑みの表情を浮かべ、わたしを見ている。
「あなたこそ、何をしているの?横の人はだれ?ずいぶんと無礼な人ね。それを言うなら、あなたの使用人たちは揃って無礼な人ばかりだけど。躾がなっていないんじゃないかしら?」
「……」
わたしの突然のクレームに、王太子は口をへの字に曲げてだんまりを決め込んだ。
「失礼いたしました。けっしてそういうつもりじゃなかったのです。わたくしは、宰相のマチアス・バルリエ公爵です。王太子妃殿下、ご挨拶申し上げます」
「ずいぶんと遅い挨拶ね、マチアス。あなたにしろ王宮の侍女や執事にしろ、「戦利品妻」のわたしをなめきっているでしょう?殿下にそのように扱われるのならいざしらず、表向きは王太子妃よ。あなたたちも、表向きは敬意を払うくらいなさったらどうかしら?それとも、殿下に『蔑ろにしろ』、『なめてかかれ』とでも命じられているの?」
「頭てっぺん禿げ」には悪いけど、王太子に揺さぶりをかけたい。わざと居丈高に責めてみた。