王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます

犯人をばらすって最悪よ!

「め、滅相もございません。誤解でございます」

 気の毒な「頭てっぺん禿げ」は、ぺこぺこと頭を下げて禿げている部分を見せつけてくれる。

「マチアス、態度をあらためよ。王宮内のあらゆる者にも態度をあらためるよう、伝えよ」
「は?」

 王太子が喋った。すくなくとも、文章だった。

 その彼の命令に、「頭てっぺん禿げ」は驚いて彼を見た。

「早くせよ。行くんだ」
「し、しかし、殿下お一人で……」
「きこえなかったのか?」

 王太子が恫喝した。

 今日の「頭てっぺん禿げ」の運勢は最悪ね。

 彼は不満気な表情になったが、すぐに消し去った。そうすることに慣れているのね。うまいものだわ。

 以前は、わたしもそうだったもの。

「し、失礼いたします」

「頭てっぺん禿げ」は、王太子に頭を下げた。それから、ついでのようにわたしにも頭を下げた。そして、転がるように駆け去って行った。

 その小太りの背とてっぺん禿げを見ながら、彼がついさっき言いかけたことを頭の中で反芻してみた。

「殿下お一人で……」

 そう言いかけたわよね。

 もしかして、王太子はレイにつながりのある下女のエリや、レイを襲撃した一人をショベルで殴った何者かを捜しにきたのかしら。捜索が思うようにいかないから、自ら証拠や手がかりを探しに来たのかもしれない。

 なんだか、こっちが悪者みたいに思えてくるわ。

 ビミョーな気持ちになっていると、王太子が歩きはじめた。

 よりにもよって、こちらに向かってである。

 ちょっと、なんなの?

 って不審に思っている間に、彼はわたしの真ん前に立った。

「座っていいか?」

 そして、尋ねてきた。

『嫌よ』

 拒否のオーラを出してみたけど、彼はそれに気がつかなかった。

 なんと、許可をしていないのに隣に腰をかけたのである。

「ちょっと、座っていいって言っていないわよ」

 お尻でジリジリと彼から離れつつ、非難した。

「読書か?」

 はい?さっきそう言ったわよね?

「その小説、図書室のだな?」

 彼は、開いたままの頁に視線を落とした。

「ええ。無断で借りているけど、悪かったかしら?」
「いや、いい。犯人はエルダーだ」
「はあああ?」

 いま読んでいるのは、王道のミステリー小説である。しかも、まだ三分の一しか読んでいない。ちょうどことが起って怪しげな人物が次から次へと現れ、布石がうたれたり重要であったりそうでなかったりのポイントが描かれはじめている。

 この男、いきなり犯人をばらしてきたわ。

 っていうか、人間(ひと)として一番やってはいけないことよ。

 ほんっと嫌な奴。

 って待ってよ。チラッとしか文字を見ていないのに、どうしてわかったの?

「おれもいま、それを読んでいる。とはいえ、もう終わりかけだが。エルダーがサラを殺したと知れて、そのエルダーをそそのかしたケイトと対決をする、最後のシーンを読もうと思ったら本がなかった」

 やめてよ、もうっ!

 憎々し気に彼を睨みつけると、彼の視線とぶつかった。

 その彼の冷えきった瞳には、どうしようもないほどイカしていないわたしが映っている。

「図書室に本を戻し、書斎に戻っている途中でマチアスに会った。彼が話があるというのでまた図書室に戻り、話が終わってそこから出た。が、やはり最後まで読もうとまた図書室(そこ)に戻った。すると、本棚に戻したはずの本がなくなっていた」

 無表情のままで紡がれる言葉を理解してから、ようやく彼が何を言いたいのかに気がついた。

 彼は、わたしの膝の上にあるミステリー小説の犯人をバラして快感を味わいたいんじゃない。

 あの日、彼と「頭てっぺん禿げ」が図書室で密談していたことを言いたいのである。

 厳密には、その密談をそこにいて盗み聞きされたことを言及したいのだ。

 そして、彼が盗み聞きされたことに気がついている、と言いたいのである。

 背中に冷たいものが走った。彼を睨みつけてはいるものの、全身に恐怖が広がっていくのを感じる。


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