王太子殿下、「『戦利品』のおまえは妻として愛する価値はない」と宣言されるのですね。承知しました。わたしも今後の態度を改めさせていただきます

暴力

 先程手にしたショベルは、小屋の壁にたてかけた。元の場所よりズレているけれど、わかるわけもないわよね。

 それから、抜き足差し足でその場から離れようとした。

 その瞬間、「バサッ!」という音が響いた。実際は、それほど大きな音ではなかった。だけど、わたしの耳には響き渡ったかのような音量にきこえた。

「あちゃーっ」

 しかも、声を出してしまった。

「ぎゃっ」
「くそっ」
「うわっ」
「げえっ」

 複数の悲鳴が、背中にあたった。

 その直後、ふたたび静寂が広がった。

 はやい話が、怖いもの見たさという感じね。あまりの静けさに、恐る恐る振り向いてしまった。

 叫びそうになったけど、両手で口をふさぐことでなんとか持ち堪えることが出来た。

 なんとなんと、美貌の剣士がすぐ後ろに立っているのである。

 だけど、立っているのは彼だけではない。

「しゃがんでっ」

 すべてが反射的だった。本能的っていった方がいいかしら。

 小屋の壁からずれ落ち、この一連のシーンに花を添えたショベルの柄を屈んでつかんだ。同時に、膝の屈伸を利用してジャンプしつつショベルを振りかぶった。

 美貌の剣士も反射神経はいいみたい。わたしの言葉に反応してしゃがんだ。

 ショベルを力いっぱい横薙ぎに払った。

「ガツッ!」

 世にも怖ろしい音と、両手に手応えを感じたのが同時だった。

 わたしのショベルの一撃をまともに食らった黒ずくめの男が、声も音もなく両膝から崩れてゆく。そして、顔面から地面に倒れた。

 気の毒なこの男が、美貌の剣士の背後に迫っていたのである。

 おそらく、迫っていた男たちとは別に小屋の蔭に隠れていたんでしょう。

 そのときはじめて、自分が肩で息をしていることに気がついた。久しぶりに興奮してしまった上に、アドレナリンまで出まくったからに違いない。

 ショベルの柄を握る手を見つめた。

 すこし震えている。他人に物理的に暴力を振るったのは、おそらくはじめてのこと。口惜しいことや腹立たしいことがある度、心や頭の中で相手を殴ったり蹴ったりするシーンを思い描くことはある。だけど、それを実践するのは次元が違う。

 興奮がさめてきて、アドレナリンも消え去っていくのを感じる。

 興奮とアドレナリンにかわり、恐怖がジワジワと体内に広がっていく。

 いまさらながら、自分のしでかしたことが怖くなってきた。
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