大聖女はもう辞めました!13度目の人生は立派な悪女を目指します~ループするたび生贄になるので、今世は竜騎士王子とちびドラゴンと自由を満喫します~
19.ティアの治療を受けてくれ
ドラコーン島での生活が始まった。
イディオスが着替えにと用意してくれたのは、町娘たちがよく着ているワンピースだった。
イディオスの瞳と同じサファイヤブルーのワンピースに、白いブラウス、腰には乙女の楽園で身についていたエプロンバッグをつけた。
ルビーレッドの髪はポニーテールに縛る。聖女のころは髪を結い上げたことすらなかったので新鮮だった。
イディオスはティアをまぶしそうに見た。
「紅蓮のドラゴンのように美しい……」
ボソリと呟くが、ティアは意味がわからず首をかしげるばかりだ。
イディオスにとっては最大の賛辞だが、ドラゴンにたとえられ喜ぶ女性は多くない。
「キュ!」
キュアノスがウキウキとティアの肩に乗った。
今日はイディオスとキュアノスとともに竜の谷に来ている。
イディオスの側には白いドラゴンが佇んでいる。
竜の谷では、竜騎士たちがドラゴン操縦の訓練をしていた。ほとんどのドラゴンにはツノが残っている。主従契約を結んでいないドラゴンである。
ティアはイディオスの白いドラゴンに乗って、岸壁の洞穴を目指した。
長いこと怪我に苦しんでいるドラゴンがいるのだ。
ドラゴンの体は頑丈だ。大抵の物理攻撃はもろともしない。
しかし、神聖力の込められた武器による攻撃は別だった。そして、一旦傷を負うと治るまでに十年単位の時間がかかるのだ。
「このドラゴンは傷ついてからもう三百年も経っている」
イディオスが説明する。緑の古竜だった。
当たり前のように巣に入っているが、本当はとても危険だ。しかも、手負いの獣は普通凶暴である。
しかし、イディオスとドラゴンには信頼関係が結ばれているらしく、緑のドラゴンは大人しい。
キュアノスは興味がなさそうに「キュア」とあくびをした。
イディオスは魔力の玉を作ってやると、ドラゴンに食べさせてやる。
そして、愛おしそうに撫でながらティアを紹介した。
「ドラゴンよ。彼女はティア。お前を癒やしてくれる者だ」
ドラゴンはグルグルと鳴く。
「もう諦めただって? たしかに今までどんな治療も効かなかったが、もう一度だけ試してみてくれ」
人には冷たいイディオスだが、ドラゴンに関しては一生懸命である。
「イディオスはドラゴンの言葉がわかるんですね」
「ああ、ドラゴンと自由に会話ができるのは、ここ竜の谷でも俺しかいない。人を愛する心と引き換えに、ドラゴンと心を通い合わせる力を手に入れたといわれている」
イディオスはなんでもないことのようにサラリと答えた。
逆に、ティアの胸がチクリと痛む。
「そんな顔をしないでください。俺は満足だ。ドラゴンは人より気高く強く美しい。そしてなにより、人は嘘をつくがドラゴンは嘘をつかない」
イディオスはそういうと、愛おしそうに緑ドラゴンを撫でた。
「ドラゴンよ。お願いだ。ティアの治療を受けてくれ」
嫌々と頭を振るドラゴンに、ティアは一歩歩出た。
そして、手のひらに神聖力の固まりを作って、緑のドラゴンに差し出した。
それを見てキュアノスが、キュアキュアと欲しがる。
「キュアノスにはあとでね」
ティアが言えば、キュアノスは「うきゅう」とよだれを垂らして、恨めしそうに緑ドラゴンを見た。
「はい、どうぞ」
緑ドラゴンはマジマジとイディオスを見た。
イディオスは安心させるように頷く。
キュアノスは、バタバタと羽をばたつかせ、いらないならよこせと抗議をしている。
緑ドラゴンは値踏みするようにティアを見つめた。
ティアはニッコリと微笑んで、神聖力の玉を差し出す。
緑ドラゴンは小さくため息をつくと、渋々といったようにティアの神聖力を飲み込んだ。
その瞬間、緑ドラゴンのたてがみがぼわりと膨らむ。驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと舌なめずりをして、満足げに瞼を閉じた。
そして、ホウとため息を吐き出して、心地よさそうにグルグルと喉を鳴らす。
「美味しかったのね」
ティアはホッとする。
キュアノスが、次は自分だとティアを甘噛みして主張する。
「はい、キュアノスも」
「キュアァァァン」
キュアノスは神聖力の乗った手のひらごと飲み込んで、味わうようにしゃぶる。
「くすぐったいよ」
ティアが笑えば、緑ドラゴンは物欲しそうにゴクリと喉を鳴らした。
「もっと欲しいのか?」
イディアスはなぜか不機嫌そうに緑ドラゴンを見上げた。
「あの子の魔力は特別? そんなことは俺が一番知っている。彼女なら治してくれるかもだって? だから俺はそういっただろう? 都合のいいやつだな」
口げんかを繰り広げるドラゴンとイディオスを見て、ティアはクスリと笑った。
本当に心が通じ合っていると思ったのだ。
人を愛せないなんて可哀想だと思っていたけれど、そんなことないわ。イディオスは幸せそうだもん。