大聖女はもう辞めました!13度目の人生は立派な悪女を目指します~ループするたび生贄になるので、今世は竜騎士王子とちびドラゴンと自由を満喫します~
26.妾は土の精霊、エルロ・オフサルモス・カラジアス
そんな中、玄関のドアが四度叩かれた。
イディオスがドアを開けると、そこにはひとりの幼女がいた。
褐色の肌に、黒いおかっぱ髪。ネコのようなつり目に、耳は少し尖っている。幼女といえども凄みがあり、人とは思えない美しさだ。
「ここに大聖女がいるな」
幼女は慇懃無礼に尋ねる。イディオスは冷たい目で幼女を見くだした。
「お前はだれだ」
「妾はドロメナから来た者だ」
名乗りを聞いてティアはマントの上から飛び上がった。イディオスの後ろから、おそるおそる玄関を覗きこんだ。
幼女はティアを見つけると満面の笑みを向けた。
「大聖女ティア、妾は土の精霊、エルロ・オフサルモス・カラジアスだ」
伝説でしか聞いたことがない精霊の登場だ。
「土の精霊様がなんで!?」
「大聖女よ、礼を言う」
驚くティアにエルロは言った。
「礼、ですか?」
ティアは首をかしげた。
「際限なくドラゴンに穢されるため、ここは妾も見放した地。浄化してくれた礼を伝えに来た」
イディオスが驚いた顔でティアに振り返る。
「……浄化?」
「領主様に許可を得ず、地面をちょっとだけ浄化しちゃいました」
テヘ、とティアが誤魔化すように笑う。
「大聖女の尊い行為に報いるため、妾もルタロスからエリシオンへ移住すると決めた」
「はい?」
「妾もここに住む」
エルロが再度言い、イディオスは慌てた。
「駄目だ! ここは俺とティアの巣だ!」
「いやいや、イディオス、土の精霊様がドラコーン島に来ることは良いことですよ! きっと、土地が豊かになります」
「そうだ! 我が住む場所は土地が豊かになる! 妾が来たのだ。ここでもメコノプを咲かせてやるぞ」
「聖花メコノプをですか? でも種が……」
「案ずるでない」
エルロはニヤリと笑って、庭の一角を指差した。
すると、ポコンポコンと小さな芽が土から生えて、あれよあれよという間に花を咲かせる。メコノプである。
「どうだ!」
ドヤ顔で胸を反らす土の精霊をティアはギュッと抱きしめた。
「すごい! すごいです!! エルロ様」
「さすがだろ?」
「おさすがです」
「これでメコノプを使ったポーションが作れるわ! 痛みがスッと引く強力なポーションなんです!」
ティアはキラキラとした目でイディオスを見た。
イディオスは小さくため息をついた。
そんなに嬉しそうな顔を向けられては、反対しにくい。
「男よ、そんなに悩むでない。妾が住むのは家ではない。土地だ。お主の巣をこわしたりはせん」
「……わかった」
エルロが言い、イディオスは嫌々ながらと言ったように承諾する。
するとエルロはティアに跪き、その足に口づけた。ブワリとそこから神聖力が満ちてくる。
「な!?」
動揺するティアにエルロは笑った。
「これでお前の踏んだ土地から妾が自在に行き来できる。大聖女ティア、困ったときは妾の名を呼べ」
エルロはそう言うと、ズブズブと地面の中に溶けていった。
ティアとイディオスは呆然として地面を眺めた。
庭の地面はエルロが沈んだ部分から、ふかふかとした豊かな土になった。
「!! すごい!! こんなに軟らかな土なら、きっと薬草もたくさん育てられる!」
大興奮で庭中をピョンピョンと跳ね回るティアを、イディオスは微笑ましいと思いながら、眺めていた。
「イディオスはなにを植えたいですか?」
ティアが夕日の中で振り返る。夕日に彼女の髪が光る。まるで、太陽から生まれ出た女神のように美しい。
「……ブーゲンビリア」
イディオスは呟く。魂の花と呼ばれる花の名だ。その花は、ティアの瞳と同じ色をしていた。
「うん、いいですね! 壁に這わせたら綺麗よ、きっと!」
白い壁、青い屋根、それに寄り添うブーゲンビリア。
イディオスはその様子を想像して、幸せで一杯になる。
イディオスの満たされた笑顔に、ティアは目を奪われた。
夕日のせいなのか、頬が赤らんで見える。青空色の瞳は紫に陰り、なんだか妖しげな雰囲気だ。
「綺麗ね」
ティアが思わず漏らせば、イディオスはティアに見蕩れて頷いた。
「ああ、綺麗だ」
お互いに違うものを見ていながら、零れた言葉は一緒だった。
それから、イディオスとティアは、家を整えつつ畑を作り薬草を育てはじめた。
メコノプから作ったポーションが竜騎士団でも好評だったことから、ループの知識を生かし、いろいろな薬草を育てて、様々なポーションを作りたいと考えていのだ。
エルロのおかけでふかふかになった畑に種をまき、浄化した水をキュアノスが撒く。神聖力で祈りを捧げると、あっという間に芽が出てきた。
「やっぱり、水が悪いのもいけないわね……。できるだけ領地内で作物が作れるようになりたいし、水源をこっそり浄化しにいっちゃおうかしら。あと、特産品があれば、仕事も増えて豊かになるかも……」
ティアの夢は、自由になってのんびりと暮らすことだ。
裕福でなくとも身の丈に合った暮らしができれば良い。
しかし、そのためには周囲の環境が暮らしやすい必要があった。
「特産品、そうよ! ドラゴンの皮があるじゃない!! ……でもどうやって」
ティアはイディオスを見た。
「王都から商人を呼べば良い。ラドンに協力を頼もう。ドラコーンが潤うことは良いことだ」
イディオスはゆったりと笑った。