天涯孤独となったはずなのに幸せに溢れています
「お邪魔します」

狭い玄関で靴を揃えると部屋に入ってきた。
私が案内し、仏壇の前まで行くと彼はなだれ込むように前に座った。

「本当に亡くなってしまったんだね」

小さな声が聞こえてくるとむせび泣く声が聞こえてきた。
私は少し離れたキッチンでわざと音を立てながらゆっくりとお茶の準備をした。
いつまでも泣く声が聞こえてきて胸が締め付けられる。
亡くなったと聞いていても、実際に仏壇を見て実感が湧いてきたのだろう。分かってはいても、どこか信じたくない気持ちがあったのではないか。
ごそごそと紙袋から花を取り出す音が聞こえてきた。

「京ちゃん、あの頃君が好きだった花だけど今も好きかい?」

小さな声で話しかける彼の声がかすかに漏れ聞こえる。

「なんで先に逝っちゃったんだい。あの時のことを謝りたかったのに俺はいつでも遅いな。だから京ちゃんは俺のことを呆れたんだろうね」 

項垂れるように頭を下げている。

「俺は京ちゃん以外と結婚する気はなかったし、していない。これからもしないよ。だから向こうで待っててくれないか? ちゃんと謝らせて欲しいんだ」

私は漏れ聞こえる声にキッチンで涙が溢れ出てきた。
彼の切ない声に嗚咽が漏れそうになり慌ててタオルを口に当てた。
どれほど母を想っていたのだろう。
母を忘れられず、これからも独身を通すと誓う声に膝がガクガクしてしまう。
私は今、大切なことを言わなければならないのではないかと思った。
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