崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
藤白弓弦は地元の短大を卒業して、同じく地元農協に勤めていた。本業の傍ら繁忙期には父が経営する会社を手伝い日々を過ごしていた。
父の会社は食品加工をしており、地元で採れた野菜や果物などをカットしたり缶詰にして売っている。
男性との付き合いはどちらかと言うと苦手で、二十八歳になった今も独身。
地元の同級生は殆ど結婚し、子どもがいる子も何人かいる。
なぜ? と聞かれると彼女も答えに困るが、もしかしたら未だに運命の恋みたいなものを夢見ているのかも知れない。
状況が変わったのは五年前。父が脳梗塞で倒れてからだった。
幸い処置が早かったこともあり、殆ど後遺症もなく復帰した。
しかし、父が不在の間に会社の経営を任せていた専務が、大口の注文を見越して無理な設備投資を行ったせいで、会社は多大な借金をかかえることになった。
しかもその専務は会社の収支を誤魔化して融資を受けていて、それが発覚して融資も取り消しになった。仕方なく金利の高いところから借りることとなり、あっという間に借金は膨れ上がり会社の経営は大きく傾いた。
そして最近になってそのお金を貸してくれた高利貸しの高畠達が、借金を帳消しにしてもいいと申し出てきた。
条件は弓弦が彼の妻になること。
弓弦の容姿は誰もが目を引く美人ではないが、鼻や口などのパーツは小さく、目が大きくてぱっちりしている。
背も高い方ではないが、小さい頃から運動で鍛えた健康的な体つきをしている。胸はもう少し大きかったら良かったのにと常々思っているが、ペタンコというほどでもない。
そんな弓弦に高畠は目を付けた。
高畠は今年六十歳で一年前に妻を亡くしたばかりだった。
若い頃から浮気を繰り返し、妻を泣かせていたのは有名な話で、噂によると暴力団とも繋がっているらしい。
「あんな男の妻など大事な娘を犠牲にはできない」
父はそう言って何とか会社を盛り返そうとしていたが、そんな父を再び病が襲った。
「もうだめだ。あいつからは逃げられない。すまない、弓弦。父さんが不甲斐ないばっかりに」
いっそ死のうか。幸い生命保険があって死ねば三千万円が入る。父はそう言ったが、父の命と引き換えにあの男から逃げられてもそれで幸せになれるとは思えない。
そして結婚式までの一ヶ月、彼女は最後の我が儘を言った。
一人暮らししたいと。
勤め先も先月辞め、そこで積み立てていた財形を解約し、それを滞在資金に充てた。
「お前がこつこつ貯めていたものだから、好きに使いなさい」
両親はそう言った。
そして一ヶ月経ったら戻る。そう約束して出てきた。
その一ヶ月で、弓弦は仮初めでもいいから恋愛がしたかった。一緒に出かけ、美味しいものを一緒に食べる。そんな普通のデートがしたかった。
そのために婚活パーティにも顔を出し、ナイトクラブにも通ったが、男性も苦手で都会のおしゃれな男性は、何を話したら良いかわからない上に、元来地味でおしゃれに縁がなく、どうにも田舎くささが消えず、三週間が経ってもまったく成果なしだった。
そんな時、木島亮という名の男性と出会った。他の人よりちょっと陰気な感じだったが、そこがかえって弓弦には好感度が高く、運良く彼も弓弦を指名した。
しかしデートで突然腕を引っ張られて連れて行かれたのが、ラブホテルだった。
何とか走って逃げたものの、闇雲に走ったので自分がどこにいるかもわからず、とぼとぼ歩いているところに車に轢かれそうになった。
すんでの所で接触を免れた。相手の車も急ブレーキは踏んだものの、無傷だったが、全速力で走った後で足がもつれて溝にはまってしまった。
「大丈夫ですか?」
シルバーのBMWから降りてきたのが九條朱音だった。
「あ、はい。大丈夫です。何とかぶつからずに済みましたから、気にしないでください」
ドロドロになった服で何とか立ち上がった。
「大変、服が汚れてしまったわ」
「気になさらないでください。自業自得ですから」
前をよく見ていなかった。
「だめよ、そのままじゃ・・ああ、でも今から娘をバレエスクールに迎えに行かなくてはならないの、あ、そうだわ。ここから五分車で行ったところに私の家族が所有するマンションの部屋があるの。家主は今海外にいていないから、そこへ行きましょう」
結構ですと言いたかったが、こんなドロドロでは電車にも乗れない。
そうして弓弦は車に積んであった膝掛けをお尻に敷いて、彼女の車でそのマンションへ向かった。
「悠、私のきょうだいなんだけど、出張が多くて鍵を預かっているの」
テレビでしか見たことがないタワーマンションといわれる二十五階建ての建物の最上階。専用のエレベーターでそこへ向かう。
「Y OUMI」という表札が掛かった部屋を開ける。
「じゃあ、バスルームはこっち、着替えは・・その服はもう駄目ね。何か買ってくるわ。バスルームにバスローブがあるから、取り合えずそれを着て待っててね。あ、冷蔵庫の中に水が入っているから飲んでね。あまり食べ物は入っていないと思うけど、あ、娘からだわ。ごめんなさいちょっと行ってくるわ」
そう言って彼女は弓弦を一人置いて行ってしまった。
父の会社は食品加工をしており、地元で採れた野菜や果物などをカットしたり缶詰にして売っている。
男性との付き合いはどちらかと言うと苦手で、二十八歳になった今も独身。
地元の同級生は殆ど結婚し、子どもがいる子も何人かいる。
なぜ? と聞かれると彼女も答えに困るが、もしかしたら未だに運命の恋みたいなものを夢見ているのかも知れない。
状況が変わったのは五年前。父が脳梗塞で倒れてからだった。
幸い処置が早かったこともあり、殆ど後遺症もなく復帰した。
しかし、父が不在の間に会社の経営を任せていた専務が、大口の注文を見越して無理な設備投資を行ったせいで、会社は多大な借金をかかえることになった。
しかもその専務は会社の収支を誤魔化して融資を受けていて、それが発覚して融資も取り消しになった。仕方なく金利の高いところから借りることとなり、あっという間に借金は膨れ上がり会社の経営は大きく傾いた。
そして最近になってそのお金を貸してくれた高利貸しの高畠達が、借金を帳消しにしてもいいと申し出てきた。
条件は弓弦が彼の妻になること。
弓弦の容姿は誰もが目を引く美人ではないが、鼻や口などのパーツは小さく、目が大きくてぱっちりしている。
背も高い方ではないが、小さい頃から運動で鍛えた健康的な体つきをしている。胸はもう少し大きかったら良かったのにと常々思っているが、ペタンコというほどでもない。
そんな弓弦に高畠は目を付けた。
高畠は今年六十歳で一年前に妻を亡くしたばかりだった。
若い頃から浮気を繰り返し、妻を泣かせていたのは有名な話で、噂によると暴力団とも繋がっているらしい。
「あんな男の妻など大事な娘を犠牲にはできない」
父はそう言って何とか会社を盛り返そうとしていたが、そんな父を再び病が襲った。
「もうだめだ。あいつからは逃げられない。すまない、弓弦。父さんが不甲斐ないばっかりに」
いっそ死のうか。幸い生命保険があって死ねば三千万円が入る。父はそう言ったが、父の命と引き換えにあの男から逃げられてもそれで幸せになれるとは思えない。
そして結婚式までの一ヶ月、彼女は最後の我が儘を言った。
一人暮らししたいと。
勤め先も先月辞め、そこで積み立てていた財形を解約し、それを滞在資金に充てた。
「お前がこつこつ貯めていたものだから、好きに使いなさい」
両親はそう言った。
そして一ヶ月経ったら戻る。そう約束して出てきた。
その一ヶ月で、弓弦は仮初めでもいいから恋愛がしたかった。一緒に出かけ、美味しいものを一緒に食べる。そんな普通のデートがしたかった。
そのために婚活パーティにも顔を出し、ナイトクラブにも通ったが、男性も苦手で都会のおしゃれな男性は、何を話したら良いかわからない上に、元来地味でおしゃれに縁がなく、どうにも田舎くささが消えず、三週間が経ってもまったく成果なしだった。
そんな時、木島亮という名の男性と出会った。他の人よりちょっと陰気な感じだったが、そこがかえって弓弦には好感度が高く、運良く彼も弓弦を指名した。
しかしデートで突然腕を引っ張られて連れて行かれたのが、ラブホテルだった。
何とか走って逃げたものの、闇雲に走ったので自分がどこにいるかもわからず、とぼとぼ歩いているところに車に轢かれそうになった。
すんでの所で接触を免れた。相手の車も急ブレーキは踏んだものの、無傷だったが、全速力で走った後で足がもつれて溝にはまってしまった。
「大丈夫ですか?」
シルバーのBMWから降りてきたのが九條朱音だった。
「あ、はい。大丈夫です。何とかぶつからずに済みましたから、気にしないでください」
ドロドロになった服で何とか立ち上がった。
「大変、服が汚れてしまったわ」
「気になさらないでください。自業自得ですから」
前をよく見ていなかった。
「だめよ、そのままじゃ・・ああ、でも今から娘をバレエスクールに迎えに行かなくてはならないの、あ、そうだわ。ここから五分車で行ったところに私の家族が所有するマンションの部屋があるの。家主は今海外にいていないから、そこへ行きましょう」
結構ですと言いたかったが、こんなドロドロでは電車にも乗れない。
そうして弓弦は車に積んであった膝掛けをお尻に敷いて、彼女の車でそのマンションへ向かった。
「悠、私のきょうだいなんだけど、出張が多くて鍵を預かっているの」
テレビでしか見たことがないタワーマンションといわれる二十五階建ての建物の最上階。専用のエレベーターでそこへ向かう。
「Y OUMI」という表札が掛かった部屋を開ける。
「じゃあ、バスルームはこっち、着替えは・・その服はもう駄目ね。何か買ってくるわ。バスルームにバスローブがあるから、取り合えずそれを着て待っててね。あ、冷蔵庫の中に水が入っているから飲んでね。あまり食べ物は入っていないと思うけど、あ、娘からだわ。ごめんなさいちょっと行ってくるわ」
そう言って彼女は弓弦を一人置いて行ってしまった。