崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
 「ごめんね。根はいい人なんだけど」
 朱音が謝る。
 「悠さんって、女性じゃなかったんですね」
 彼女が「はるか」というからてっきり女性だと思いこんでいた。
 「あ、それ本人の前で言わないでね。女の子みたいな名前だって。昔からコンプレックスになっているの」
 「私も、弓弦って、男の子みたいだからよくわかります」
 「あ、そう言えばそうね」
 「昔は髪も短くて、少年野球のリトルリーグにいたこともありました」
 「へえ、野球。守備は?」
 「ピッチャーです。といっても控えですけど。今でも草野球やっているんです」
 「すごいじゃない」
 野球の話をすると大抵が「え、女のなのに」って顔をする。観戦はいいのに、実際にプレーしていると聞くと珍しいがられる。
 でも彼女は素直に褒めてくれた。
 「あの、じゃあ表札の『Y OUMI』って」
 「悠って、悠久のゆうって書くから、『ゆう』でY。勝手に名前の読み方変えちゃってね。世間では青海 (ゆう)で通しているの」
 「そうなんですね」
 よほど女性に間違われるのがいやだったんだろう。私は何だか格好よくて好きだけど。
 「幸い、免許証とか通帳の表記は漢字だけだからね」
 その時電子音がして、玄関の扉が開いた。
 「買ってきたぞ」
 玄関が開く音がして、ドラッグストアの袋を下げた彼が帰ってきた。
 高級スーツにナイロン袋。なんて似合わないんだろう。
 「ありがと、悠」
 朱音に袋を渡すと、悠はじろりと弓弦を見た。
 「強盗ではなかったんだな。だが、状況を考えれば俺の行動は仕方ない」
 「は、はい」
 謝られたのかな? 弓弦は頷いた。
 「ちょと、悠、その謝り方はないでしょ。ごめんなさいこんな無愛想な兄で」
 「お兄・・さん?」
 「そ、双子の、一応(・・)兄の青海悠。と言っても二卵性の双子だから、似ていないでしょ」
 「似てなくてよかった」
 バシッと朱音が立ったままの悠の足を軽く叩いた。
 姉妹のいない弓弦はそれをうらやましく思った。
 「それで彼女が藤白弓弦さん」
 「ふ、藤白です」
 「よろしく。本当に悪かった。昔、よく似たことがあって、大変な目にあったから、つい」
 大変な目ってなんだろう。何やら物騒な感じだ。女性関係のトラブルか何かだろうか。
 「ああ、あれね」
 朱音には何のことかわかっているようだ。
 「それより、彼女の手当をしてあげて」
 「俺が?」
 「あの、自分でやりますから」
 「だめよ、こういうのは自分ですると手を抜いちゃう。加害者(・・・)なんだから、それくらいしなさい。あ、ちょっとごめんなさい」
 携帯が鳴り、朱音がその場から離れる。
 『加害者』という部分を朱音は強調する。そう言われて彼が弓弦の両膝の擦り傷を、ちらりと見る。
 「青海家の女は怖いな」
 「何ですって!?」
 「何でもない」
 悪口はよく聞こえるらしく、ぼそりと呟いたのを聞き逃さなかった。
 そんな二人のやりとりが弓弦には新鮮だった。クスリと思わず笑みが漏れ口角が上がる。
 ここ最近で久しぶりに笑えた。
 そんな弓弦をチラリと見てから、悠は自分が買ってきた袋の中身に手を入れて、消毒液とコットン、包帯を取り出した。
 そしてソファに座っている彼女の前に跪いた。
 「・・・・!」
 弓弦は思わず息を呑んだ。やろうとしているのは傷の手当てだが、仕立てのいいスーツに身を包んだ長い足を折り、目の前にメガネを掛けたイケメンがいる。
 長く綺麗な指で消毒液をコットンに染みこませ、「少ししみるぞ」そう言って彼女の膝に当てる。
 「・・!!!!!」
 思った以上にしみて、足をピクリと跳ね上げ、つま先が彼の太ももに触れた。
< 4 / 22 >

この作品をシェア

pagetop