崖っぷちで出会った 最高の男性との最高のデート(ただし個人の感想です)
 手当をする悠の手が一瞬止まり、彼の太ももが強張ったの感じ、苛つかれたと思って謝った。
 「ご、ごめんなさい」
 「いや、すぐ済むから我慢して」
 押し殺した声が帰ってきた。バリトンの落ち着いたトーンの声だった。
 手当をしてもらっている足を動かすべきか、それとも彼の膝の上に置いたままにしておくべきか。
 黙々と手当をして両膝に包帯を巻いてもらった。
 「ここまで大袈裟にしなくても」
 「きちんとしないと、朱音に何を言われるかわからない」
 使った物をまた袋に戻して悠が立ち上がる。
 弓弦を見下ろす顔がむすっとしている。
 「もう少しちゃんと前を閉じた方が良い」
 「え?」
 言われた意味がわからず尋ね返すと、すっと身を屈めてパスローブの襟を掴んで中心に寄せた。
 かなり着崩れていたみたいで、もしかしたら胸元が見えていたかも。
 「す、すみません」
 自分でも襟を掴んでぎゅっと前を閉じた。
 「悪かった」
 「いえ、誰だってびっくりしますよね。家に知らない女がいて、自分のバスローブを着て寝てるなんて・・あ、あの・・私、着替えて来ますね」
 朱音が用意してくれた服が入った紙袋を掴んだ。
 「寝室を使うといい」
 どこで着替えようかと考えていると、さっきの寝室を薦められた。
 「ありがとうございます」
 紙袋を抱え、ぺこりと頭を下げて寝室に行った。
 朱音が用意してくれたのはワンピースだった。
 薄いグレーの生地のそれは真ん中に切れ込みの入ったスクエアの襟、ウェストより少し下で切り返しが突いた膝丈のスカートは少しふわっとしている。背中をフックで止める少しゆったりと着られる膝丈ワンピース。
 「よ、四万」
 値札がついたままなので値段を見て驚いた。
 デートだと張り切って、手持ちの服の中から選んだのはブルーのデニムシャツに花柄のペンシルスカートだった。
 総額五千円。それでもスカートはセールでなく正規の値段で買ったものだった。
 その八倍もするワンピースに袖を通すのも気が引けたが、他に着る物もないし、いつまでも悠のバスローブを着ていることもできない。
 女性にしては大きいサイズだなと思ったが、そういうのが好きなんだろうと女性であることを疑いもしなかった。
 「悠・・ゆう、ふふ」
 『はるか』という呼び名に抵抗して『ゆう』の名乗るなんて、何だか可愛いと思ってしまった。
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