年上カメラマンと訳あり彼女の蜜月まで
 思わずそう口にしてしまう。さっちゃんが生まれたとき何があったか、本人の口から聞いたことはない。きっと知っていれば話題に上ることくらいあったはずだ。でも、それが無いということは、さっちゃん自身も知らないのだろう。

「咲月はな、難産のすえ生まれたんだ。一時はどっちも危なかった。病院に駆けつけた美紀子の両親に、俺はまた土下座したさ。俺の我儘でこんなことになって申し訳ない、もしものことがあれば、俺は死んで詫びる。なんて、今思えばドラマかよって笑っちまう。けどそのときは、そのくらい真剣だった」

 だから、さっき学さんはさっちゃんにあんなことを言ったのか。子どもができて働けなくなったらどうするんだと。それは反対しているから言ったわけじゃない。経験したからこそ、さっちゃんを心配しているからこそ出た言葉だったんだ。

「まぁ。その先はどうなかったか、わかるだろ? 咲月は無事に生まれてきてくれた。月が綺麗な夜だった。俺はそれを見ながら柄にもなく泣いた。生まれて初めて、神に感謝したよ」

 そう言った学さんの横顔は、とても優しい父親の顔だった。そして、ようやく学さんは俺のほうを向いた。

「お前が泣いてどうするんだ?」

 学さんは笑いながら、俺の頭をクシャクシャに撫でていた。
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