久しぶりに会った婚約者が、悪役デビューしていました

 世の中には、変わった趣味を持ったご令嬢もいるものだ。
 腕をつねられただけで弱ってしまう僕にとっては、ハイヒールで踏まれるなんてただの拷問(ごうもん)だ。心の底からご遠慮したい。

「それで、元の顔が分からないほどに厚い化粧をして周囲に悪役令嬢のごとく接していたら、誰も縁談を持ってこなくなったんですよ!」
「そ……そうなんだ。つまり、縁談除けのためにわざと悪役デビューしたってことだね」
「はい! この一年間、一日も欠かさず悪役令嬢になり切って生きてきました。化粧をしていると、どうしてもその癖が抜けなくて……フェリクス殿下にも悪役令嬢として接してしまい、申し訳ありませんでした」

 両国の国交が正常化されることが決まってからのこの一年。

 僕はエステルに嫌われまいと勉学や訓練に励み、エステルは悪役令嬢としてのキャラを必死に磨いてきたわけだ。

 頑張る方向は違えど、僕たちはお互いのことを想い合いながら過ごしてきたのだと思うと、先ほどまでのケバケバ顔も最高に可愛く思えてくる。

 おっちょこちょいがチャームポイントの一つだったエステルのことだ。自分の性格を器用に演じ分けるなんてことは、できなかったんだろう。
 化粧をしている間は悪役令嬢になり切り、化粧を落とせば元の可愛らしいエステルに戻る。

 そういうことなんだ。

 ……あれ? 納得したのは、僕だけかな?

 お互いに素直な気持ちを伝えあい、僕たちはスッキリとした気持ちで夜空を見上げる。

「エステル。本当は会った瞬間に言いたかったんだけど……僕とまた、婚約してくれるかい? 今度こそ、君と幸せになりたいんだ」
「フェリクス殿下! こんな私でよろしければ、おそばに置いて下さい。あっ、でも……」
「でも、何?」
「先ほどのオムレット様はよろしいのでしょうか。殿下のことを慕ってらっしゃるご様子でした。私ったら、ついあの方に嫉妬してしまってあんなに泣いて……恥ずかしいです」
「あはは、エステル。彼女はオムレットではないよ。ハムレット・ミドルダム侯爵令嬢だ。彼女のことは全く気にしなくていい。僕はこれまでもこれからも、ずっとエステルだけを愛してる」
「フェリクス殿下……!」

 月明かりに照らされた僕たちの二つの影が、一つに重なる。

 これからはセイデリアとダンシェルドをつなぐ架け橋として、ずっと二人で一緒に生きていこう。
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