夏の終わりにピュアな恋を
外はだいぶ雨が小降りになってきている。
雷も光と音のズレ具合からこの場からは移動していることが見てわかるけれど、茜の足は本屋に留まったまま。本を見るわけでもなく、ただぼんやりと天気の移り変わりを眺めていた。

どれくらいの時間が経ったのだろう。

「茜さん」

呼びかけられて振り返る。

「浩輝くん、どうしたの?」

「やっぱりまだいた」

「……だって、雷まだ鳴ってるもの」

「だと思った」

本当は違うけれど。
雷の理由が半分。
もう半分は心ここにあらずだったから。

「一緒に駅まで行きますよ」

「いいわよ、別に。彼女はどうしたのよ?」

「雷怖いんでしょう?」

「……怖いけど」

「じゃあいいじゃん。それともまだ本見たかった?」

「いや、そんなことはないけど……」

戸惑いつつも浩輝に促されるまま外に出る。

雨は小粒に変わったけれど、先程までの豪雨でところどころ大きな水たまりができていた。特に車道を通る車は時おり水しぶきをあげながら走り去っていく。
遠くの空はまだピカピカと光っていて、それだけで茜の足はすくんだ。

「こうしたら怖くないですよ」

おもむろに握られる手。
茜よりも大きくて少し節ばった手。
弟みたいに可愛いだなんて思っていたけれど、それを払拭するほど立派な男性の手にドキリと心臓が高鳴った。

「浩輝くん……」

戸惑いを隠せないでいると、浩輝は困ったように眉を下げる。


「手繋ぐの嫌だった?」

「……ううん」

「じゃあ、いいよね?」

優しいのに強引な浩輝はまるで年下に見えなくて。
さっきまで年上ぶっていた自分のプライドなどあっという間になくなってされるがまま。

「水たまりがあるから茜さんはこっち側ね」

「う、うん」

歩道の内側を歩かされ、それはまるで守ってもらっているかのようだ。

都合のいいように考えて、茜はますます焦って体が縮こまる。

「ねえ。さっきの彼女は?いいの?」

「だから、彼女じゃないって言ってるじゃないですか。大学のゼミが一緒で、今日はゼミがあってたまたまお互い本屋に用事があったから一緒に来ただけで。ただそれだけ」

「ふーん」

「一緒に試験本選ぼうって話してたから、それだけはちゃんとしたけど、それで終わり」

「そうなの」

素っ気なく返事をした茜だったが内心はほっとしていて、でもそんな風に感じてしまう感情もなかなか認められなくて頭の中はぐちゃぐちゃだ。

遠くの空は稲光がまだ時折妖しく瞬く。
微かにゴロゴロと雷鳴も響いている。

普段だったらそれだけでも怖くて早く家に帰りたいと思うのに、今は何故だかそんな気持ちにならない。

しっかりと繋がれた手のひらから感じられる浩輝の温もりが優しく茜を包み込んでいるようで、それを感じとるたびに茜の胸はきゅううっと悲鳴を上げた。

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