FOOLという名のBAR
第2夜 Blowin' In The Wind(風に吹かれて)
FOOLという名のBAR
ここは、愚か者が静かに酔い潰れるための店
今宵もまた一人、愚か者が紛れ込んで来る。
看板のライトを消して間もなく、ドアが開いてカウベルが鳴った。
陣野は中へ入ると素早く店の中をチェックする。店に他の客がいないか確認しているのだ。
カウンターの中のあたしと、店の奧のピアノの前にマリア。カウンターの五つのスツールには客はいないと判断してようやく陣野はスツールに向かって歩き出す。
「すみません、ママ。店の外の看板の灯りが消えたので・・・」
「気にしないでいいさ、陣野・・・うちは職業を選ばない」
と言って、あたしは笑っておしぼりを用意した。
陣野は黒いスーツに濃いグレーのシャツ、黒地に紅い薔薇の刺繍が着いたネクタイ。どこから誰が見ても筋者だった。
「ママ、こんな格好の奴がこの店に入ることをバーテンダーの冬木なら許しませんよ。そこのカウンターを飛び越して踊りかかって来ます」
「相変わらず、不器用な生き方しているんだね、陣野・・・」
「忘れちゃならない、私は、外道だってことを忘れちゃならないと思っています」
あたしはボトルをカウンターに置く。
ミュコーのブラック・パンサー。黒豹の浮き彫りがボトルにデザインされているブランデーだ。冬木が陣野のために選んでやったボトルだった。
「しかし、このボトルはあんたにぴったりだね」
と言って、あたしはブランデー・グラスにブラック・パンサーを注ぐ。
「冬木はバーテンダーとして一流でした、そのまんま、バーテンダーだけやっていればよかったんです」
「こんな風に、客に似合う酒だけ用意していればね」
あたしはボトルを掴んで呟いた。
「ママもやって下さい」
「あたしはロックでもらうよ」
グラスを軽く合わせる。
♪ ピアノの音
♪ ST. JAMES INFIRMARY
陣野の夜にはどこか気だるいブルースが似合う。
「たまには、その鎧を脱ぐ気はないのかい?」
とあたしは陣野の黒づくめの衣装に視線を向けた。
「漁夫の利を得た。と今も思っています。冬木に私がやるべきことを掠め取られた、いや、逃げていたのを見かねて持っていかれただけかもしれません」
陣野はグラスを呷る。
「私はこの街の裏社会を牛耳る顔役になりました、冬木を踏み台にしてね、しょうがねえ外道です」
「だから、どこから誰が見ても外道にしか見えない格好をするのかい?」
あたしは陣野のグラスを満たしながら言った。
「鏡に写った自分が顔役とか祭り上げられても、所詮は外道だってことを忘れないように」
陣野はグラスを手の中で転がす。
「あんたの仕事を正当化する気はあたしにはないよ、必要悪、それも違う、そんなものも認める気持ちもない。外道は外道・・・だけど、陣野には、自分の命を盾にしてあんたを守る子分がいる。あんたの生き様を視ている奴がいる・・・それは、頭に入れて置くべきことだね」
と言ったあたしが浮かべた微笑の中に救いを求めるように陣野はあたしを見つめていた。
あたしのグラスが空になっていた。陣野はブラック・パンサーをあたしのグラスに注ぐ。
「会いに行く気はないのですか?冬木はシャ場には戻れませんよ。それだけのことをやっちまった」
「ここで待つよ、会いに行ったら、冬木の外道な部分を認めてしまうことになるからね」
「ママも、不器用な人ですね」
「女って、だけさ」
曲が変わる。ボブ・ディランの名曲
♪ Blowin' In The Wind
♪♪ どれだけ歩けば人として認めてくれる?
どれだけ飛べば砂の上で安らげる?
その答えは風の中、風に吹かれている
マリアのピアノはその瞬間を映すと言う。その時の心を映す。
左手の薬指が動かないピアニスト。そんなピアニストが弾く音だから、何かが足りない愚か者でさえ、酔いの中に堕ちてしまいたいと誘うのだろう。
カシャ
あたしが飲んでいたロック・グラスで氷が溶けてグラスに触れる音が響いた。
陣野がグラスを飲み干した。
「ママ、私もオン・ザ・ロックに」
「あんたも酔うのだね」
陣野はふっと息を吐いた。
「それでいいんだよ、陣野、たまには酔ってしまえばいい・・・でも、それをあんた
は赦さないのかな・・・不器用な男だね、あんたと冬木は似ている・・・」
「違うなぁ、私は人のために戦ったりはしない」
「この街がこれ以上、汚れないように、あんたが目を光らせているのだろう?」
「せっかく漁夫の利を得て手に入れた地位だから・・・一度、上り詰めちまったら降りられない・・・それも欲望、ただの欲望さ」
「欲望かい?冬木にはどんな欲望があったのだろう?」
♪ Blowin' In The Wind
♪♪どれだけ戦えばわかるのだろう殺戮の虚しさを
その答えは風の中、風に吹かれている
「生きられるだけ、愛し続ける・・・冬木の欲望は、ママを守る、ただ、それだけ・・・そのためなら、奴は何処までも堕ちて逝くでしょう」
「愚か者だね、どいつもこいつも」
「少しは照れくさいと感じましたか?ママ」
「ふん、生意気なことを言うじゃないか、陣野」
陣野の視線があたしに何かを求める。
何を探しているのか・・・答えは風の中、風に吹かれたままなのか。
♪ Blowin' In The Wind
マリアのピアノとブランデーの香りがあたしと陣野を酔いの中に引き込む。
♪ Blowin' In The Wind
「マリアのピアノにギムレットを」
ドライジンとライムジュースをハーフ&ハーフでステア。
「漂う様な甘さとシャープな鋭さが「覚醒」へと導くような気がするとマリアが言っていましたね、ママのギムレットは」
「陣野は覚醒よりも、少しは惰眠って奴を貪った方がいい」
陣野の口元に笑みがこぼれた。
「私が店を閉めようと灯りを消した時にだけ、いつも陣野は現れる・・・」
と言ってあたしはギムレットをピアノの上に置く。
「他の客の前に面を出してはいけないことは分かっています。通りすがりに灯りがついていれば今夜はまだ酔ってはいけない夜なのだと自分に言い聞かせています」
マリアはピアノを弾きながらグラスに手を伸ばす。音は途切れない。もう、あたしの心の中にピアノの音が染み込んでいるかのように音は途切れない。
「冬木が陣野のために用意したブラック・パンサーは、陣野のためにだけネームタグはぶら下がっているよ」
陣野はグラスを呷る。
♪ Blowin' In The Wind
♪♪ どれだけ生きなきゃ人は自由になれないのだろう?
どれだけ天を見上げなきゃ空は見えないのだろう?
その答えは風の中、風に吹かれている
「心が破れそうな夜・・・戦うことを忘れたい夜・・・通りすがりに灯りが消える・・・そんな夜は迷わずここで酔えばいいさ、陣野」
「あぁ…そうだね、ママ。その時は冬木が用意してくれたブラック・パンサーを飲むとしよう」
♪ Blowin' In The Wind
ここは、FOOL という名のBAR
愚か者が静かに酔い潰れるための店。
ここは、愚か者が静かに酔い潰れるための店
今宵もまた一人、愚か者が紛れ込んで来る。
看板のライトを消して間もなく、ドアが開いてカウベルが鳴った。
陣野は中へ入ると素早く店の中をチェックする。店に他の客がいないか確認しているのだ。
カウンターの中のあたしと、店の奧のピアノの前にマリア。カウンターの五つのスツールには客はいないと判断してようやく陣野はスツールに向かって歩き出す。
「すみません、ママ。店の外の看板の灯りが消えたので・・・」
「気にしないでいいさ、陣野・・・うちは職業を選ばない」
と言って、あたしは笑っておしぼりを用意した。
陣野は黒いスーツに濃いグレーのシャツ、黒地に紅い薔薇の刺繍が着いたネクタイ。どこから誰が見ても筋者だった。
「ママ、こんな格好の奴がこの店に入ることをバーテンダーの冬木なら許しませんよ。そこのカウンターを飛び越して踊りかかって来ます」
「相変わらず、不器用な生き方しているんだね、陣野・・・」
「忘れちゃならない、私は、外道だってことを忘れちゃならないと思っています」
あたしはボトルをカウンターに置く。
ミュコーのブラック・パンサー。黒豹の浮き彫りがボトルにデザインされているブランデーだ。冬木が陣野のために選んでやったボトルだった。
「しかし、このボトルはあんたにぴったりだね」
と言って、あたしはブランデー・グラスにブラック・パンサーを注ぐ。
「冬木はバーテンダーとして一流でした、そのまんま、バーテンダーだけやっていればよかったんです」
「こんな風に、客に似合う酒だけ用意していればね」
あたしはボトルを掴んで呟いた。
「ママもやって下さい」
「あたしはロックでもらうよ」
グラスを軽く合わせる。
♪ ピアノの音
♪ ST. JAMES INFIRMARY
陣野の夜にはどこか気だるいブルースが似合う。
「たまには、その鎧を脱ぐ気はないのかい?」
とあたしは陣野の黒づくめの衣装に視線を向けた。
「漁夫の利を得た。と今も思っています。冬木に私がやるべきことを掠め取られた、いや、逃げていたのを見かねて持っていかれただけかもしれません」
陣野はグラスを呷る。
「私はこの街の裏社会を牛耳る顔役になりました、冬木を踏み台にしてね、しょうがねえ外道です」
「だから、どこから誰が見ても外道にしか見えない格好をするのかい?」
あたしは陣野のグラスを満たしながら言った。
「鏡に写った自分が顔役とか祭り上げられても、所詮は外道だってことを忘れないように」
陣野はグラスを手の中で転がす。
「あんたの仕事を正当化する気はあたしにはないよ、必要悪、それも違う、そんなものも認める気持ちもない。外道は外道・・・だけど、陣野には、自分の命を盾にしてあんたを守る子分がいる。あんたの生き様を視ている奴がいる・・・それは、頭に入れて置くべきことだね」
と言ったあたしが浮かべた微笑の中に救いを求めるように陣野はあたしを見つめていた。
あたしのグラスが空になっていた。陣野はブラック・パンサーをあたしのグラスに注ぐ。
「会いに行く気はないのですか?冬木はシャ場には戻れませんよ。それだけのことをやっちまった」
「ここで待つよ、会いに行ったら、冬木の外道な部分を認めてしまうことになるからね」
「ママも、不器用な人ですね」
「女って、だけさ」
曲が変わる。ボブ・ディランの名曲
♪ Blowin' In The Wind
♪♪ どれだけ歩けば人として認めてくれる?
どれだけ飛べば砂の上で安らげる?
その答えは風の中、風に吹かれている
マリアのピアノはその瞬間を映すと言う。その時の心を映す。
左手の薬指が動かないピアニスト。そんなピアニストが弾く音だから、何かが足りない愚か者でさえ、酔いの中に堕ちてしまいたいと誘うのだろう。
カシャ
あたしが飲んでいたロック・グラスで氷が溶けてグラスに触れる音が響いた。
陣野がグラスを飲み干した。
「ママ、私もオン・ザ・ロックに」
「あんたも酔うのだね」
陣野はふっと息を吐いた。
「それでいいんだよ、陣野、たまには酔ってしまえばいい・・・でも、それをあんた
は赦さないのかな・・・不器用な男だね、あんたと冬木は似ている・・・」
「違うなぁ、私は人のために戦ったりはしない」
「この街がこれ以上、汚れないように、あんたが目を光らせているのだろう?」
「せっかく漁夫の利を得て手に入れた地位だから・・・一度、上り詰めちまったら降りられない・・・それも欲望、ただの欲望さ」
「欲望かい?冬木にはどんな欲望があったのだろう?」
♪ Blowin' In The Wind
♪♪どれだけ戦えばわかるのだろう殺戮の虚しさを
その答えは風の中、風に吹かれている
「生きられるだけ、愛し続ける・・・冬木の欲望は、ママを守る、ただ、それだけ・・・そのためなら、奴は何処までも堕ちて逝くでしょう」
「愚か者だね、どいつもこいつも」
「少しは照れくさいと感じましたか?ママ」
「ふん、生意気なことを言うじゃないか、陣野」
陣野の視線があたしに何かを求める。
何を探しているのか・・・答えは風の中、風に吹かれたままなのか。
♪ Blowin' In The Wind
マリアのピアノとブランデーの香りがあたしと陣野を酔いの中に引き込む。
♪ Blowin' In The Wind
「マリアのピアノにギムレットを」
ドライジンとライムジュースをハーフ&ハーフでステア。
「漂う様な甘さとシャープな鋭さが「覚醒」へと導くような気がするとマリアが言っていましたね、ママのギムレットは」
「陣野は覚醒よりも、少しは惰眠って奴を貪った方がいい」
陣野の口元に笑みがこぼれた。
「私が店を閉めようと灯りを消した時にだけ、いつも陣野は現れる・・・」
と言ってあたしはギムレットをピアノの上に置く。
「他の客の前に面を出してはいけないことは分かっています。通りすがりに灯りがついていれば今夜はまだ酔ってはいけない夜なのだと自分に言い聞かせています」
マリアはピアノを弾きながらグラスに手を伸ばす。音は途切れない。もう、あたしの心の中にピアノの音が染み込んでいるかのように音は途切れない。
「冬木が陣野のために用意したブラック・パンサーは、陣野のためにだけネームタグはぶら下がっているよ」
陣野はグラスを呷る。
♪ Blowin' In The Wind
♪♪ どれだけ生きなきゃ人は自由になれないのだろう?
どれだけ天を見上げなきゃ空は見えないのだろう?
その答えは風の中、風に吹かれている
「心が破れそうな夜・・・戦うことを忘れたい夜・・・通りすがりに灯りが消える・・・そんな夜は迷わずここで酔えばいいさ、陣野」
「あぁ…そうだね、ママ。その時は冬木が用意してくれたブラック・パンサーを飲むとしよう」
♪ Blowin' In The Wind
ここは、FOOL という名のBAR
愚か者が静かに酔い潰れるための店。