素顔のきみと恋に落ちるまで
お昼休憩を終え、コーヒーを淹れに給湯室へ向かう。
すると、先ほど噂をしていた睦合くんとばったり会ってしまった。
「睦合くん、お疲れ様」
「……お疲れ様です」
ちょうど彼はカップにお湯を淹れ終わり、そそくさとその場を去ろうとする。
前まではこうして給湯室で会えば、軽く会話をしてくれたのに。
「あのさ……」
それが寂しくてつい呼び止めると、怪訝そうな顔で彼が振り返る。
咄嗟に話しかけてしまい言葉に詰まると、先ほど赤沼さんから聞いた話を持ち掛けてみた。
「ああ、その話ですか。いいですよべつに」
「え……」
「どうせいつかはバレると思ってたんで」
意外にも彼はあっさりとしている。本当に何も気にしてなさそうだ。
「えっと、何もないと思うけど、仕事でやりづらいこととかあったら言ってね」
「はあ……。課長に迷惑かけることは何もないと思うので、大丈夫です」
名字でも名前でもなく、急に役職名で呼ばれると、なんだか距離を感じてしまう。
今まで通り、普通に彼と話したいのに。
「睦合くん、まだ私に怒ってる……?」
おそるおそる尋ねてみると、彼は小さく息をつく。
「怒ってるっていうか、振られた人と普通に接するとかきついです」
「え……」
「そういう無神経なところは嫌いです」
「っ……ご、ごめん」
はっきりと拒絶され、胸がチクリと痛む。
彼の言う通りだ。私はこの間、年齢や立場を理由に、彼の告白をなかったことにしたというのに。
反論できず黙り込むと、睦合くんは何も言わずに給湯室を出て行ってしまった。
やっぱり遠くなってしまった距離がやけに寂しくて、仕方がないことなのに小さくため息をついた。