お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「姫さん?」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいんだってば。俺が勝手に惚れて、姫さんは俺につきあってくれてるだけなんだから」
アイリーンはたまらずカルヴァドスの胸に飛び込んだ。
「姫さん?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝んなって、俺の方が悲しくなるじゃないか、姫さんに謝られたら」
「私、私、カルヴァドスさんのことが・・・・・・。す、好きです・・・・・・」
「えっ!」
アイリーンの告白に、カルヴァドスが目を見開いた。
「好きです。カルヴァドスさんの事が・・・・・・。婚約者がいなかったら、逃げることの出来ない運命でなかったら、このままカルヴァドスさんと一緒に旅を続けたいです」
泣きながら言うアイリーンは、デロスの王女でも、姫巫女でもない、ただの一人の女性だった。
「姫さん、ムリしなくて良いんだぜ?」
カルヴァドスは信じられなくて、自分の耳を疑うように言った。
「俺は、ただのしがない船乗りで、まあ、一応貴族の生まれで、一等航海士って肩書きはあるけど、それ以外は何にも持ってない。今は貴族でもないし、金持ちでもない。そんな男に姫さんが惚れるわけないじゃないか・・・・・・」
カルヴァドスが並べる否定的な言葉に、アイリーンは
頭を横に振った。
「カルヴァドスさんは、私が貴族の娘だから好きになったんですか?」
「ちげーよ!」
「私がお金持ちの娘だと思って好きになったんですか?」
「んなわけねーだろ!」
「じゃあ、どうして、私がカルヴァドスさんを好きになったらおかしいんですか?」
「そりゃ・・・・・・」
もう少しで、アイリーンが本当はデロスの王女だから、しがない船乗りなんかを好きになるはずがないと、口にしてしまいそうになったカルヴァドスは、ギュッと奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。
「好きです。カルヴァドスさんが・・・・・・。でも、ごめんなさい。私は、私は、国に帰って、婚約者と結婚しなくてはいけないんです。だから、だから、どんなにカルヴァドスさんを好きでも、私は、カルヴァドスさんの想いを受け入れることは出来ないんです」
カルヴァドスはしっかりとアイリーンを抱きしめた。
「それで良いよ。姫さんが俺を好きだって分かって、俺、天にも昇りそうに幸せだ。生まれてから、こんなに幸せだったことはないくらい、本当に幸せだ」
カルヴァドスは優しくアイリーンの背中をなでた。
「謝らなくて良い。姫さんの状況は、最初から聞いてるから。でと、もし、姫さんが嫌でなければ、エクソシアの港町では、恋人同士として過ごしたい」
アイリーンが涙に塗れた顔を上げた。その愛らしい唇に、自分の唇を重ねたいと思いながら、カルヴァドスは鋼の意志で堪えるとアイリーンの額にキスを落とした。
「恋人としてって言っても、変なことをするつもりはない。手をつないで、普通の恋人同士みたいに、買い物したり、美味しい物を食べたり、夜景を楽しんだり、星をみたり、そんな事でいいんだ」
「はい。私もカルヴァドスさんと、一生忘れられない思い出を作りたいです」
アイリーンが答えると、カルヴァドスは最高の笑みを浮かべてアイリーンに笑いかけた。
「じゃあ、姫さんはゆっくり休んでてくれ。俺は、そろそろ仕事に戻るから」
カルヴァドスは言うと、もう一度、アイリーンの額にキスを落として部屋から出ていった。
残されたアイリーンは、ベッドに横になり、見慣れた天井を見つめた。
(・・・・・・・・どうして、私は王女なんかに生まれてしまったんだろう・・・・・・・・)
アイリーンは、生まれて初めて、自分の境遇を呪った。
愛も恋も知らず、おままごとのような婚約をアルフレッドとした時は、降嫁して国を離れないで欲しいという父王の願いをきくのは当然だと思ったし、兄のウィリアムの親友であり、幼い頃から良く知っているアルフレッドとならば、何も改まることなく、今まで通り、普通に暮らして行かれると何の疑問も持たなかった。
しかし、ロマンチックな雰囲気をアルフレッドが用意してくれても、アイリーンは何も感じなかった。アルフレッドにときめくことも、その雰囲気にドギマギすることもなく、ただ二人で過ごして終わりだった。
一度だけ、アルフレッドがアイリーンに口付けようとしたことがあった。でも、アイリーンはその気にならず、やんわりと『キスは家族になってから』と断った。今から思えば、自分はアルフレッドにとって本当に結婚できる相手かを試されていたのだとアイリーンには理解できた。
兄のウィリアムから、留学して戻ってくるまでの間の仮婚約みたいな物だから、深刻に考えなくて良いし、その気にならなければ、他に好きな相手を互いに見つければいいと、タリアレーナに留学するウィリアムは、そうアイリーンとアルフレッドに言い聞かせた。
その結果、アイリーンはアルフレッドに恋をすることなく、アルフレッドはローズマリーという愛する相手を見つけた。
(・・・・・・・・あの時、口付けを断らなかったら、フレドは私のことを愛してくれたのかしら?・・・・・・・・)
自分でもバカな考えだと思いながら、アイリーンは唇を噛んだ。
アイリーンが愛されたいのはアルフレッドではないし、アイリーンが想いを寄せる相手であるカルヴァドスは最初からアイリーンの事だけを見つめていてくれた。
(・・・・・・・・私がデロスの王女でなければ、私は何も考えず、ただ初恋の相手であるカルヴァドスさんと幸せになること、少なくとも、カルヴァドスさんに嫌われない限り、楽しい時間を一緒に過ごすことが出来るのに・・・・・・。でも、私はデロスの王女。一刻も早くタリアレーナに着いて、お兄様を探し、お兄様を見つけたら、国に帰り、ダリウス殿下との婚姻に備えなくてはならない。それが、デロスの王女としての私の運命。どんなにカルヴァドスさんを好きでも、この想いは叶わない・・・・・・・・)
止めどなく涙が溢れ、アイリーンは壁の方を向いた。
(・・・・・・・・バカみたい。王女じゃなかったらなんて考えるなんて・・・・・・。私が王女でなければ、タリアレーナに行くために貨物船に乗ろうなんて考える筈もないし、そうなれば、カルヴァドスさんと出逢うことも無かったのに・・・・・・・・)
アイリーンは考えてから、ふと、王女でなければ、デロスに必ず寄っているというカルヴァドスとならば、城下町で出会えたチャンスも逢ったかも知れないと思った。しかし、カルヴァドスが恋していたのは、姫巫女だったアイリーン。当然、似ているどころか本人そのものなのだからカルヴァドスが想いを寄せてくれた理由も分かる。でも、もしアイリーンが王女でなければ、カルヴァドスは自分ではない誰か別の女性、姫巫女に恋をして、自分など眼中に入らないかも知れないとも思った。
恋をしてみたいと、物語を読んで憧れてはいたアイリーンだったが、自分の物語が悲劇にしかならないことを思うと、やはり恋などしなければ良かったと思ったりもした。
☆☆☆
「ごめんなさい」
「謝らなくていいんだってば。俺が勝手に惚れて、姫さんは俺につきあってくれてるだけなんだから」
アイリーンはたまらずカルヴァドスの胸に飛び込んだ。
「姫さん?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝んなって、俺の方が悲しくなるじゃないか、姫さんに謝られたら」
「私、私、カルヴァドスさんのことが・・・・・・。す、好きです・・・・・・」
「えっ!」
アイリーンの告白に、カルヴァドスが目を見開いた。
「好きです。カルヴァドスさんの事が・・・・・・。婚約者がいなかったら、逃げることの出来ない運命でなかったら、このままカルヴァドスさんと一緒に旅を続けたいです」
泣きながら言うアイリーンは、デロスの王女でも、姫巫女でもない、ただの一人の女性だった。
「姫さん、ムリしなくて良いんだぜ?」
カルヴァドスは信じられなくて、自分の耳を疑うように言った。
「俺は、ただのしがない船乗りで、まあ、一応貴族の生まれで、一等航海士って肩書きはあるけど、それ以外は何にも持ってない。今は貴族でもないし、金持ちでもない。そんな男に姫さんが惚れるわけないじゃないか・・・・・・」
カルヴァドスが並べる否定的な言葉に、アイリーンは
頭を横に振った。
「カルヴァドスさんは、私が貴族の娘だから好きになったんですか?」
「ちげーよ!」
「私がお金持ちの娘だと思って好きになったんですか?」
「んなわけねーだろ!」
「じゃあ、どうして、私がカルヴァドスさんを好きになったらおかしいんですか?」
「そりゃ・・・・・・」
もう少しで、アイリーンが本当はデロスの王女だから、しがない船乗りなんかを好きになるはずがないと、口にしてしまいそうになったカルヴァドスは、ギュッと奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。
「好きです。カルヴァドスさんが・・・・・・。でも、ごめんなさい。私は、私は、国に帰って、婚約者と結婚しなくてはいけないんです。だから、だから、どんなにカルヴァドスさんを好きでも、私は、カルヴァドスさんの想いを受け入れることは出来ないんです」
カルヴァドスはしっかりとアイリーンを抱きしめた。
「それで良いよ。姫さんが俺を好きだって分かって、俺、天にも昇りそうに幸せだ。生まれてから、こんなに幸せだったことはないくらい、本当に幸せだ」
カルヴァドスは優しくアイリーンの背中をなでた。
「謝らなくて良い。姫さんの状況は、最初から聞いてるから。でと、もし、姫さんが嫌でなければ、エクソシアの港町では、恋人同士として過ごしたい」
アイリーンが涙に塗れた顔を上げた。その愛らしい唇に、自分の唇を重ねたいと思いながら、カルヴァドスは鋼の意志で堪えるとアイリーンの額にキスを落とした。
「恋人としてって言っても、変なことをするつもりはない。手をつないで、普通の恋人同士みたいに、買い物したり、美味しい物を食べたり、夜景を楽しんだり、星をみたり、そんな事でいいんだ」
「はい。私もカルヴァドスさんと、一生忘れられない思い出を作りたいです」
アイリーンが答えると、カルヴァドスは最高の笑みを浮かべてアイリーンに笑いかけた。
「じゃあ、姫さんはゆっくり休んでてくれ。俺は、そろそろ仕事に戻るから」
カルヴァドスは言うと、もう一度、アイリーンの額にキスを落として部屋から出ていった。
残されたアイリーンは、ベッドに横になり、見慣れた天井を見つめた。
(・・・・・・・・どうして、私は王女なんかに生まれてしまったんだろう・・・・・・・・)
アイリーンは、生まれて初めて、自分の境遇を呪った。
愛も恋も知らず、おままごとのような婚約をアルフレッドとした時は、降嫁して国を離れないで欲しいという父王の願いをきくのは当然だと思ったし、兄のウィリアムの親友であり、幼い頃から良く知っているアルフレッドとならば、何も改まることなく、今まで通り、普通に暮らして行かれると何の疑問も持たなかった。
しかし、ロマンチックな雰囲気をアルフレッドが用意してくれても、アイリーンは何も感じなかった。アルフレッドにときめくことも、その雰囲気にドギマギすることもなく、ただ二人で過ごして終わりだった。
一度だけ、アルフレッドがアイリーンに口付けようとしたことがあった。でも、アイリーンはその気にならず、やんわりと『キスは家族になってから』と断った。今から思えば、自分はアルフレッドにとって本当に結婚できる相手かを試されていたのだとアイリーンには理解できた。
兄のウィリアムから、留学して戻ってくるまでの間の仮婚約みたいな物だから、深刻に考えなくて良いし、その気にならなければ、他に好きな相手を互いに見つければいいと、タリアレーナに留学するウィリアムは、そうアイリーンとアルフレッドに言い聞かせた。
その結果、アイリーンはアルフレッドに恋をすることなく、アルフレッドはローズマリーという愛する相手を見つけた。
(・・・・・・・・あの時、口付けを断らなかったら、フレドは私のことを愛してくれたのかしら?・・・・・・・・)
自分でもバカな考えだと思いながら、アイリーンは唇を噛んだ。
アイリーンが愛されたいのはアルフレッドではないし、アイリーンが想いを寄せる相手であるカルヴァドスは最初からアイリーンの事だけを見つめていてくれた。
(・・・・・・・・私がデロスの王女でなければ、私は何も考えず、ただ初恋の相手であるカルヴァドスさんと幸せになること、少なくとも、カルヴァドスさんに嫌われない限り、楽しい時間を一緒に過ごすことが出来るのに・・・・・・。でも、私はデロスの王女。一刻も早くタリアレーナに着いて、お兄様を探し、お兄様を見つけたら、国に帰り、ダリウス殿下との婚姻に備えなくてはならない。それが、デロスの王女としての私の運命。どんなにカルヴァドスさんを好きでも、この想いは叶わない・・・・・・・・)
止めどなく涙が溢れ、アイリーンは壁の方を向いた。
(・・・・・・・・バカみたい。王女じゃなかったらなんて考えるなんて・・・・・・。私が王女でなければ、タリアレーナに行くために貨物船に乗ろうなんて考える筈もないし、そうなれば、カルヴァドスさんと出逢うことも無かったのに・・・・・・・・)
アイリーンは考えてから、ふと、王女でなければ、デロスに必ず寄っているというカルヴァドスとならば、城下町で出会えたチャンスも逢ったかも知れないと思った。しかし、カルヴァドスが恋していたのは、姫巫女だったアイリーン。当然、似ているどころか本人そのものなのだからカルヴァドスが想いを寄せてくれた理由も分かる。でも、もしアイリーンが王女でなければ、カルヴァドスは自分ではない誰か別の女性、姫巫女に恋をして、自分など眼中に入らないかも知れないとも思った。
恋をしてみたいと、物語を読んで憧れてはいたアイリーンだったが、自分の物語が悲劇にしかならないことを思うと、やはり恋などしなければ良かったと思ったりもした。
☆☆☆