お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「今さっき、愛の告白を聞いたんだ・・・・・・」
 カルヴァドスの夢見るような囁きに、操舵手は聞き違いかと自分の耳を疑った。
「また、例によって、アニキが愛を告白してらしたんでしょう?」
「バカ! 愛の告白を聞いたって言ってんだろ! 姫さんが、俺のことが好きだって・・・・・・。信じられるか?」
 夢見るように言うカルヴァドスに、操舵手はうっかり総舵輪から手を放してしまいそうになるほど驚いた。
「いいえ、まさか! 何かの間違いでは? えっと、アニキの事じゃなくてフルーツが好きだとか、スイーツだとか・・・・・・。あ、そうですよ、リンゴ酒! リンゴ酒のカルヴァドスじゃ・・・・・・」
 信じられるかと問われ、素直な気持を答えた操舵手の言葉はカルヴァドスの怒りを買ったようで、カルヴァドスは操舵手の隣に仁王立ちになった。
「お前、殴られたいみたいだな?」
「いいえ! 滅相もございません」
「じゃあ、いったい何だ今の言いぐさは! 俺の事じゃなくて、リンゴ酒が好きだって?」
 カルヴァドスが声をあげたところにガタイの良いいつものクルー、若いクルーが鬼のようだと言っていたアンドレがやってきた。
「どうなさったんですか?」
 二人の間にはいると、アンドレは尋ねた。
「いや、その。自慢するつもりはないんだが、両想いになったんだ。ついに姫さんと! 俺の想いが姫さんに通じて・・・・・・」
 カルヴァドスは今にも踊り出しそうな勢いだった。
「でも、婚約者がいらっしゃるのでは?」
 アンドレの言葉に、カルヴァドスが一瞬、目を伏せた。
「俺も、本気出さないといけないかも知れないな。姫さんが惚れてくれた以上、絶対に他の男と結婚なんてさせたくないからな」
 カルヴァドスが言うと、アンドレは少し後退って腕を組んだ。
「それならば、本当に、本気にならないといけないかと思いますが・・・・・・」
 アンドレの言いたいことは、カルヴァドスにはよく分かっていた。
「分かってる。でも、取り敢えず、姫さんをタリアレーナに送り届けるまでは、今のままだ」
 カルヴァドスの言葉に含まれる強い響きに、アンドレは無言で頷き承諾した。
 操舵手は海を見つめ、左舷側に広がるパレマキリアの切り立った断崖を見つめながら岩礁を避けるように舵を少し右に切った。
「外して大丈夫か?」
 カルヴァドスは念のために操舵手に声をかけた。
「大丈夫でさぁ、アニキ。この辺はもう、あっしの庭みたいなもんですぜ。前を見て無くたって、あの断崖の模様を見ていたら、どこに岩礁があるか分かりますぜ」
 操舵手は言うと笑って見せた。
「そりゃぁ頼もしいな。じゃあ、少し外す」
 カルヴァドスは操舵室を出ると、アンドレを従えて階段を下りた。
 本当を言えば、元気の無かったアイリーンの事が心配で部屋に戻りたいところだったが、部屋の前を通りサロンへと向かった。
 カルヴァドスがサロンに入ると、続いてアンドレがサロンに姿を見せた。
「どうなさるおつもりですか?」
 アンドレは粗野に見える風貌からは考えられないくらい丁寧で、美しい言葉でカルヴァドスに問いかけた。
「アンドレ、船の上ではいつも通りでいい。それに、さっきも言ったが、姫さんをタリアレーナに送り届けるまでは何も変わらない。それより、パレマキリアの王太子の情報を集めてくれ。性格、女関係、性的嗜好。分かる限りの事を出来るだけ細かくだ」
「かしこまりました」
 カルヴァドスが命じると、アンドレは深々と、そして上品に頭を下げた。
「ドクターは部屋にいるか?」
「はい。今日は特に怪我人も病人も出ておりませんので。呼んで参りましょうか?」
 アンドレは今にも立ち上がりそうになりながら問いかけた。
「いや、俺が行く」
 カルヴァドスは言うと、サロンを出てドクターを訪ねた。
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