お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「カルヴァドスさん、こんな感じでよろしいですか?」
 アイリーンに声をかけられ、弾かれたように顔を上げたカルヴァドスの目が美しいアイリーンの姿に釘付けになった。
「カルヴァドスさんの故郷なので、みすぼらしい娘を連れて歩いていたなんて、後から変な噂が立つと嫌なので、頑張っておめかししてきました。それに、最初で、最後のデートですし・・・・・・」
 アイリーンが自分のためにお洒落してくれたと知ったカルヴァドスは、アイリーンの不穏な語尾を迂闊にも聞き逃してしまった。
「うっわ、姫さん最高!」
「あの、今日、幾つかお買い物がしたくて、付き合っていただけますか?」
「もちろん、この街なら庭みたいなものだから、任せてくれよ」
 カルヴァドスは言うと、アイリーンの手を取った。
「いこうか?」
「はい」
 船を降りた二人は、馬車で最高級のホテルへと向かった。
 荷物は入港と同時にホテルに運ばせておいたので、部屋も用意されていた。
「なんだか、世界が回るというか、まだ船に乗っている気がします」
 カルヴァドスの予想通り、アイリーンは言いながら少しフラついた。
「俺も、最初の何時間かは感じるな。アイリは、多分一日、長いと二日くらいは感じるかもしれない。ちょっと、着替えてくるから待っててくれ」
 カルヴァドスは言うと、奥の部屋へと姿を消した。
 その間に、アイリーンは紅をなおし、ボンネットが飛びかけたせいで乱れた髪をもう一度結い上げ、鏡を見ながらピンでボンネットを留めた。
「お待たせ!」
 声をかけて出てきたカルヴァドスは、まるで違う人かと見違えるほど、いつもと雰囲気が異なっていた。
 何時もの生成のシャツにトラウザー、オレンジ色の髪を立たせて、バンダナを巻いているワイルドなカルヴァドスしかアイリーンは知らなかったから、目の前に立つカルヴァドスを穴があくほど見つめてしまった。
 いつもは鶏冠のように立たせているオレンジ色の髪を丁寧に撫でつけ、純白のシャツにシルクとレースのクラバットをしめ、海の青さを思わせるベストには銀糸の縁飾りが付き、ややグレーがかったシルバーの上着には金糸の縁飾りと、銀糸の刺繍が所狭しと散りばめられていた。シャツと同じ純白のトラウザーを履いた姿は、どう見ても上級貴族の子弟にしか見えなかった。
「あっ、驚いた?」
 カルヴァドスの問いに、アイリーンは声も出ず、コクリと頷いた。
「俺さ、これでも貴族の出身だって話しただろ。嫌な婚約者三人も押しつけられて。エクソシアは一夫多妻だから、三人なんて当たり前って感じでさ、それが嫌で家を飛び出したけど、こういう格好すると、アイリと並んでも恥ずかしくないかなと思ってさ。でも、船の連中には見られたくなかったから、先にこっちに運んでおいたんだ。アイリも驚かせたかったし」
 カルヴァドスは言うと、ゆっくりとアイリーンの前まで進み、スッと手を差し出した。
「レディ、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
 アイリーンも反射的にカルヴァドスの手を取った。


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