お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 アイリーンは部屋の中をさっと見回し、ホテルに備え付けられた便箋と封筒のセットを取り出すと、同じく備え付けられたペンでカルヴァドス宛に手紙を書いた。

 自分のせいで、思わぬ散財をさせてしまったこと。最後の最後まで、自分のことを考えて、貞操を守ると約束してくれたこと。お礼の言葉を並べても尽きないくらい感謝していること。
 手紙を書きながら、許されるなら自分の運命を呪ってアイリーンは声をあげて泣いてしまいたかった。
 カルヴァドスが紳士で、そして思いやり深く優しくしてくれるから、これ以上、カルヴァドスの優しさに甘えていると、自分は自分の運命を受け入れられず、怖気づいて逃げ出したくなってしまいそうであること。それに、自分のことを思ってカルヴァドスが紳士でいてくれて我慢してくれているのに、これ以上、カルヴァドスに触れられ、唇を重ねられると、自分の運命を受け入れるという決心が鈍ってしまうので、もう、これ以上、恋人のフリはできないこと。
 二泊すると聞いていたが、自分は未練を残さぬように、独り朝一で船に戻ることを書き連ねた。


 どんなに頑張っても、ただの侍女に過ぎない自分では、カルヴァドスが恋い焦がれた姫巫女であるアイリーン王女になることはできないけれど、誰に嫁いでも愛しているのは生涯カルヴァドスただ一人と誓うこと。例え、この体を夫となる人に捧げなくてはならなくても、心は永遠にカルヴァドスに捧げると約束すること。
 だからどうか自分の我が儘を許して欲しいと、これからタリアレーナに着くまでは、カウチで独りで休ませて欲しいと、アイリーンは手紙を締めくくった。

 最後のサインを自分の名前ですることができないのは悲しかった。でも、愛しているからこそ、カルヴァドスには自分の正体を打ち明けることはできなかった。

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