お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 休日ができ、やっと一日三食、まともな食事をとる時間が出来、顔色の良くなったアイリーンの元に届けられたニュースは、恐れていた事ではあったが、余りに唐突で、何の前兆もなく、ただ呆然と言うよりも、開いた口が塞がらないと言った方が正しい知らせだった。
「聞き間違いではないと思うけれど、もう一度言って貰えるかしら?」
 アイリーンはこめかみを押さえながらアルフレッドに言った。
「現在、国境周辺にパレマキリアが軍を展開中です」
「国境線というと、陸側という事ね?」

 元々デロス王国は島だったと多くの古書が書き記しているのに、パレマキリアの怨念か、地殻の変動によりパレマキリアの国境線であった断崖絶壁が手を伸ばすようにデロスに向かって崩れ動き、今では見ようによってはデロスがパレマキリアの半島に見えるような幅一キロ程の道でパレマキリアとデロスは繋がっている。
 国境線は、パレマキリアの古書が断崖絶壁を境界とすると記していたことから、欲しくないわけではないが、忌々しくもパレマキリアと陸続きになる幅一キロの橋のような道はデロス領となった。
 当然、パレマキリアはそれも気に入らないが、陸続きになったことで、より一層デロスを併合しようとする欲望が強まった事は言うまでもない。
 外海に面していながら、海岸線の殆どが断崖絶壁で、有効な貿易港を殆ど持たないパレマキリアにとって、デロスは金の卵を産む鶏同然。豊かな海産資源と世界で一番美しいと言われる海の女神の寵愛を受けた金色の真珠と美しいピンク色の真珠、そして、純白の三種類の真珠が採れるのは世界広しと言えどもデロスだけだ。

「それが、今回は海岸線にも海軍を展開しております」
「なんですって?」
 小さなデロスには漁港、貿易港、そして客船が立ち寄るための言わば観光港はあるものの、海に囲まれている島国でありながら、実は軍港を持っていない。
「海岸線って事は、漁港や貿易港に出入りする船の妨害をしているという事?」
「実際に妨害まではしておりませんが、湾への入り口付近に海軍を展開させているので、入港を予定していた客船が航路を変更し、複数パレマキリアの港へ誘導されていることは事実です」
「人的被害は?」
「今のところ、陸側は幾重にも陸軍を展開させて国境線を封じ、人々の往来を差し止めている程度ですが、貿易商達から陳情が多数寄せられております。また、海側は湾に入る入り口付近に軍を展開させているため、貿易港と漁港には被害がございません」
「なにが目的なのよ!」
 この二年半近く、目立った軍事活動を行わなかったパレマキリアの突然の進軍にアイリーンは思わず声を上げて叫んだ。
「もともと、年に一度は軍事力を見せつけるための活動をしていたパレマキリアが二年以上も何もしてこなかったことの方が珍しかったと言うべきかもしれません。しかし、何時もの示威行為ですあれば、数日で姿を消すかと思われます」
 アルフレッドは慣れた様子で言った。
「それならばいいけれど」
 アイリーンは言いながら、行方不明になっている兄と病気で倒れている父のことを思った。
「まさか、お父様の具合が悪い事が知れたのでは?」
「陛下が公の行事に出席されなくなって半年、確信はなくとも、ウィリアム殿下も奇病を煩っておられる事から、陛下の健康状態に何らかの疑いを持っての軍事展開と言う線も確かに否定は出来ませんね」
 アルフレッドの言葉を聞きながら、アイリーンは頭を抱えた。
 毎回、この手の騒動を沈めるためには、国境線に両国の代表が赴き、双方軍を退くことを合意する調印式が執り行われる。
双方軍を退くといっても、実際に軍を退くのはパレマキリアで、デロス側は基本、国境警備の兵を配置しているにすぎない。しかし、その際、和平合意の調印式に出席するのはデロス国王とパレマキリアの王子達の誰かだが、いま現実、デロスは国王が調印式に出席することは出来ない。そして、当然、王太子であるウィリアムも出席できないとなると、王女であるアイリーンが調印式に出席することで、大人しくパレマキリアが矛をおさめるとは思えなかった。

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