お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
せっかく大臣達が知恵を絞ってくれたアイリーンの休暇もこれで終わりだ。
隣国と言えば聞こえは良いが、吹けば飛ぶような小さな島国のデロスと大陸の強国パレマキリアでは最初から戦いにはならない。いままで、実際に戦闘になったことが殆ど無い理由は、国境線がほんの一キロと狭く、進軍が困難なことと、海側の殆どが絶壁のパレマキリアの海軍規模が陸軍の十分の一以下という非力さからだ。
それに、列強六ヶ国が結んでいる六ヶ国同盟は信仰の聖地であるイエロス・トポスの飛び地のようなデロスを神聖な島として、パレマキリアに対して公式にデロス不可侵を申し入れてくれている。それがなければ、デロスはとっくにパレマキリアの一半島に成り下がってしまっていただろう。
しかし、王太子のウィリアムが不在、国王が病気となると、陸軍の指揮、漁業従事者の多くが参加している海上警備隊の指揮を出来る者が不在となる。大抵のことならこなせるアイリーンも、流石に戦争は専門外だった。
ある意味、いつものことなので、過去の資料に目を通しながら、アイリーンは前回、前々回と同じ展開で海上警備隊の配備と国境線の陸軍の配備計画をまとめて緊急朝議に提出した。
内容が内容だけに、特に揉めることもなく、すんなりと採決され、陸軍と海上警備に協力してくれる漁業組合に即時通達が出された。
しばらくの間の睨み合いを経て、動きがあったのは、珍しくパレマキリアが陸軍を進行させてきたからだった。
いよいよ、デロスを併合するつもりなのかと、朝議の間もジリジリとパレマキリア軍に圧されて後退する陸軍からの報告を聞きながら大臣達と一緒にアイリーンも冷や汗を流し続けた。
「姫、ここはやはり、状況を陛下のお耳に入れられては?」
大臣の言葉にアイリーンも頷きたい気分だったが、ぐっと堪えて頭を横に振った。
父王の様子は、最近になり、少し良くなって来つつあるのに、ここでパレマキリアと開戦しそうだなどと言うことを耳に入れたら、やぶ蛇どころか、天国のお母様のところへ旅立たれてしまうかも知れないとアイリーンは考えていた。
既に、パレマキリア軍が国境線を越え、デロス軍が安全をとって数キロ後退したという報告は、陸側を封じられ、海側を封じられれば、兵糧戦になり得る事実を朝議の面々に突きつけていた。
こんな時に、優秀な王太子だったウィリアムが奇病を患っていなければと、面々の顔に書かれているのをアイリーンは溜め息をつきそうになりながら見回した。
「とにかく、六ヶ国同盟の加盟国であるエイゼンシュタインとタリアレーナにいらっしゃる叔母様達に状況をお知らせします。それと平行して、両国並びにイエロス・トポスにパレマキリアとの和平調停に協力してくれるよう働きかけます。本来、デロスはイエロス・トポスの庇護下にある国です。海の女神の神殿をイエロス・トポスがデロスに建造したことで、海の平和が守られているのに、パレマキリアが侵攻することで海の女神の神殿での務めをデロスが果たせなくなれば、海が荒れ他の国にも被害が及ぶ可能性があるのですから」
アイリーンの提案に、大臣達は皆渋い顔をした。
理由は、エイゼンシュタインは六ヶ国同盟の国の中では西のはずれ、更に亡くなった王妃の妹の嫁ぎ先は伯爵家で、早急な支援は望めないからだ。また、タリアレーナは東のはずれ、侯爵家に同じく亡き王妃の妹が嫁いではいるが、芸術の国と呼ばれるくらいで、あまり武術に長けた国ではない。更に、イエロス・トポスは北の果て。陸路を封じられたデロスからイエロス・トポスへ助けを求めるのは至難の業とも言える。
もともと戦いとは無縁の姫巫女なのだから、他力本願になるのは仕方ないことと大臣達も分かってはいるものの、この状態でジリジリと陸軍が後退を続ければ、そう遠くない日にデロスはパレマキリアに制圧されるのは言わずと知れたことだった。
延々、意見をこねくり回しても、斬新なアイデアも打開策も見つからないままなので、アイリーンはとりあえず手紙を書くので、進展があれば知らせて欲しいと伝えて朝議の席を離れた。
大臣達の顔見なくても、自分が力不足なことは分かっていたし、最初からエイゼンシュタインとタリアレーナを巻き込んでいたのなら話は違うが、既に国境線を圧してパレマキリアが進軍してきている今から助けを求めたところで、援軍はパレマキリアを横断しなくてはデロスとの国境線にたどり着けない。
海路でデロスに兵を送ってくれるとなっても、海路は辛うじて旅客船舶の一部と漁業関係者の船が出入りできる状態で、援軍が来た場合、完全に海路を封鎖されるのは言わずと知れたことだった。
しかし、このアイデアをアイリーンが出したもう一つの理由は、タリアレーナに居るはずの兄王子、ウィリアムに何としてもこの状況を知って貰いたいからだった。
心配げな表情を浮かべてアイリーンに付きそうラフカディオとアイゼンハイムが私室の文机の前に座ったアイリーンの側にピッタリと座ってアイリーンを見つめた。
「アイジー、ラフディー、もう万策つきたわ。戦争なんて、私には無理よ・・・・・・」
アイリーンは、言うと、頭を抱えそうになりながら、両叔母並びに、両国王、そしてイエロス・トポスの大神官宛てに手紙をしたためた。
それこそ、今の状況のままジリジリと陸軍が後退を続ければ、返事どころか、今書いているこの手紙が先方に届くまで、国があるかどうかも分からないのにと思いながら、アイリーンは連絡の取れなくなった兄王子ウィリアムのこと、病気の父のことを思いながら、必死にペンを走らせた。
隣国と言えば聞こえは良いが、吹けば飛ぶような小さな島国のデロスと大陸の強国パレマキリアでは最初から戦いにはならない。いままで、実際に戦闘になったことが殆ど無い理由は、国境線がほんの一キロと狭く、進軍が困難なことと、海側の殆どが絶壁のパレマキリアの海軍規模が陸軍の十分の一以下という非力さからだ。
それに、列強六ヶ国が結んでいる六ヶ国同盟は信仰の聖地であるイエロス・トポスの飛び地のようなデロスを神聖な島として、パレマキリアに対して公式にデロス不可侵を申し入れてくれている。それがなければ、デロスはとっくにパレマキリアの一半島に成り下がってしまっていただろう。
しかし、王太子のウィリアムが不在、国王が病気となると、陸軍の指揮、漁業従事者の多くが参加している海上警備隊の指揮を出来る者が不在となる。大抵のことならこなせるアイリーンも、流石に戦争は専門外だった。
ある意味、いつものことなので、過去の資料に目を通しながら、アイリーンは前回、前々回と同じ展開で海上警備隊の配備と国境線の陸軍の配備計画をまとめて緊急朝議に提出した。
内容が内容だけに、特に揉めることもなく、すんなりと採決され、陸軍と海上警備に協力してくれる漁業組合に即時通達が出された。
しばらくの間の睨み合いを経て、動きがあったのは、珍しくパレマキリアが陸軍を進行させてきたからだった。
いよいよ、デロスを併合するつもりなのかと、朝議の間もジリジリとパレマキリア軍に圧されて後退する陸軍からの報告を聞きながら大臣達と一緒にアイリーンも冷や汗を流し続けた。
「姫、ここはやはり、状況を陛下のお耳に入れられては?」
大臣の言葉にアイリーンも頷きたい気分だったが、ぐっと堪えて頭を横に振った。
父王の様子は、最近になり、少し良くなって来つつあるのに、ここでパレマキリアと開戦しそうだなどと言うことを耳に入れたら、やぶ蛇どころか、天国のお母様のところへ旅立たれてしまうかも知れないとアイリーンは考えていた。
既に、パレマキリア軍が国境線を越え、デロス軍が安全をとって数キロ後退したという報告は、陸側を封じられ、海側を封じられれば、兵糧戦になり得る事実を朝議の面々に突きつけていた。
こんな時に、優秀な王太子だったウィリアムが奇病を患っていなければと、面々の顔に書かれているのをアイリーンは溜め息をつきそうになりながら見回した。
「とにかく、六ヶ国同盟の加盟国であるエイゼンシュタインとタリアレーナにいらっしゃる叔母様達に状況をお知らせします。それと平行して、両国並びにイエロス・トポスにパレマキリアとの和平調停に協力してくれるよう働きかけます。本来、デロスはイエロス・トポスの庇護下にある国です。海の女神の神殿をイエロス・トポスがデロスに建造したことで、海の平和が守られているのに、パレマキリアが侵攻することで海の女神の神殿での務めをデロスが果たせなくなれば、海が荒れ他の国にも被害が及ぶ可能性があるのですから」
アイリーンの提案に、大臣達は皆渋い顔をした。
理由は、エイゼンシュタインは六ヶ国同盟の国の中では西のはずれ、更に亡くなった王妃の妹の嫁ぎ先は伯爵家で、早急な支援は望めないからだ。また、タリアレーナは東のはずれ、侯爵家に同じく亡き王妃の妹が嫁いではいるが、芸術の国と呼ばれるくらいで、あまり武術に長けた国ではない。更に、イエロス・トポスは北の果て。陸路を封じられたデロスからイエロス・トポスへ助けを求めるのは至難の業とも言える。
もともと戦いとは無縁の姫巫女なのだから、他力本願になるのは仕方ないことと大臣達も分かってはいるものの、この状態でジリジリと陸軍が後退を続ければ、そう遠くない日にデロスはパレマキリアに制圧されるのは言わずと知れたことだった。
延々、意見をこねくり回しても、斬新なアイデアも打開策も見つからないままなので、アイリーンはとりあえず手紙を書くので、進展があれば知らせて欲しいと伝えて朝議の席を離れた。
大臣達の顔見なくても、自分が力不足なことは分かっていたし、最初からエイゼンシュタインとタリアレーナを巻き込んでいたのなら話は違うが、既に国境線を圧してパレマキリアが進軍してきている今から助けを求めたところで、援軍はパレマキリアを横断しなくてはデロスとの国境線にたどり着けない。
海路でデロスに兵を送ってくれるとなっても、海路は辛うじて旅客船舶の一部と漁業関係者の船が出入りできる状態で、援軍が来た場合、完全に海路を封鎖されるのは言わずと知れたことだった。
しかし、このアイデアをアイリーンが出したもう一つの理由は、タリアレーナに居るはずの兄王子、ウィリアムに何としてもこの状況を知って貰いたいからだった。
心配げな表情を浮かべてアイリーンに付きそうラフカディオとアイゼンハイムが私室の文机の前に座ったアイリーンの側にピッタリと座ってアイリーンを見つめた。
「アイジー、ラフディー、もう万策つきたわ。戦争なんて、私には無理よ・・・・・・」
アイリーンは、言うと、頭を抱えそうになりながら、両叔母並びに、両国王、そしてイエロス・トポスの大神官宛てに手紙をしたためた。
それこそ、今の状況のままジリジリと陸軍が後退を続ければ、返事どころか、今書いているこの手紙が先方に届くまで、国があるかどうかも分からないのにと思いながら、アイリーンは連絡の取れなくなった兄王子ウィリアムのこと、病気の父のことを思いながら、必死にペンを走らせた。