お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 書き終わった手紙を丁寧に封筒に入れ、封蝋で封筒に封をしたアイリーンは、足元に戻ってきた二匹の頭を撫でた。
「私の味方は、あなたたち二人だけなの。これからもよろしくね」
 アイリーンの言葉が分かったように、二匹はパタパタと尻尾を振って見せた。
 兄のウィリアムがいない上、父である国王まで病に倒れた今、本当ならば、婚約者であるアルフレッドがアイリーンの支えになってくれるはずだったのだが、アイリーン自身に恋心がなかったのも悪いが、ウィリアムに自分が帰国するまでの間だけでいいからと婚約を迫られたアルフレッドには断る理由もなく、そのまま降嫁する王女を妻に娶れば出世も思うまま、親友のウィリアムが国王になった暁には、国王を支える立場として活躍を約束されたようなものだったし、何より、アイリーンを他国に嫁がせたくないという思いの強かった国王が大喜びで、二人の婚約は最初の形だけからより現実味を帯びた婚約へと変わっていった。
 しかし、この二年ですべては変わった。アルフレッドには、心から想う相手ができたからだ。しかも、相手はアイリーン乳姉妹で侍女をしている男爵家の令嬢。将来を嘱望されているアルフレッドの結婚相手となると不足はあるが、本人同士が想いあっている以上に大切なことはないとアルフレッドもアイリーンは思っている。それに、身分の差はアルフレッドの場合は他の純血を守るデロスの貴族たちと違って大きな問題にはならない。それは、アルフレッドの一族がデロス出身ではなく、タリアレーナ王国からデロスに帰属したことに端を発する。だから、兄のウィリアムが帰国したら、素直にアルフレッドとの結婚は乗り気がしないと伝えアイリーンは婚約を解消するつもりだった。
 それだけに、必要以上に回りから仲が睦まじいと思われるような行動は避けるようにしていたし、そういう対応が望まれる場合には、具合が悪いなどと言い訳をして、代わりにローズマリーに影武者を演じてもらっていた。
 しかし、結婚も婚約の解消も、国があってこその話。もしも本当にパレマキリアが本腰を入れてデロスを攻め落とそうとしているとしたら、二人の結婚どころの騒ぎではない。
 アイリーンの付きの侍女であるローズマリーは最後まで王宮に残ることを求められるだろうし、近衛隊長であるアルフレッドに至っては、命の保証すらない。
「どうしたらいいのかしら・・・・・・」
 アイリーンは呟きながら、ちょこんと頭の上に立っているように見えるアイゼンハイムのチャウチャウ独特の耳を両手で撫でてやりながら二匹に話しかけた。
 アイリーンが落ち込んでいるのを察してか、二匹は目と目で会話し、耳を撫でてもらっているアイゼンハイムが気持ちよさそうにごろんと寝転がり、赤毛の背中や頭からは想像ができないくらい真っ白な毛でおおわれたお腹をアイリーンに見せて愛嬌を振りまいた。
 ラフカディオとしても、アイリーンを元気づける何かをしたいとは思っているのだが、さすがに犬ではなく狼である性質上、余程のことがない限り、主のアイリーンとはいえ、お腹を見せて可愛がってもらい警戒を怠るわけにもいかなかった。

 この世界の狼すべてが言葉がわかるわけではない。しかし、神の降りる場所といわれる聖地イエロス・トポスの狼は人と神の声の両方を理解することができると言われており、実際、ラフカディオはアイリーンの言葉はほぼ百パーセント理解しているとアイリーンは思っている。
 チャウチャウも頭の良い犬種であり、主に忠実で、主のためならば命を落とすこともいとわないと言われるだけあり、アイゼンハイムはアイリーンに献身的で、ラフカディオと同じようにアイリーンの言葉はほぼすべて理解していた。
「大丈夫よ、アイジー。あなたとラフディーがいれば寂しくないわ」
 アイリーンがアイゼンハイムのお腹を撫でてやると、ラフカディオがアイリーンの頬をペロリと舐めて励ましてくれた。
「大丈夫。ちゃんと、お兄様は約束通り帰っていらっしゃるわ。お父様も、もう少し休めば元気になられるし。それまでデロスを守るのは、王女である私の役目。二人とも、これからも助けて頂戴ね」
 アイリーンはラフカディオの頭を撫でてやり、書き終えた手紙を文机の引き出しにしまうと、奥の寝室へと二匹を伴って移動した。


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