お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 三年近く前、国で別れた時のアイリーンは口付けてもうまく返せない、ただ兄に従うだけのお子様だった。家族同士で口付けを交わすのは、デロス王族の習慣のようなものだった。基本は年に数回、父である国王の誕生日や、王太子であるウィリアムの誕生日、そしてアイリーンの誕生日、王妃であった母の命日程度だが、嬉しいことや、おめでたいことで感極まると、口付けを交わすのはデロス王家では普通だった。しかし、まだ子供だったアイリーンは、いつも受け身で、儀式の一つのような対応しかしなかった。
 しかし、不意打ちのように、突然口付けされたアイリーンは、反射的にウィリアムの口付けに応えてしまった。それから、慌てて何もなかったかのようにふるまったが、ウィリアムはアイリーンの反射的な受け入れ方に、家族との口付けしか知らない、お子様のアイリーンではなく、数えきれないほど何度も誰かと口付けを交わしたことがある大人のアイリーンであり、そして、その相手がアルフレッドではないと確信した。
「お、お兄様、急にどうなさったの?」
 不思議そうに尋ねるアイリーンに、ウィリアムは何も言わずに笑って見せた。
「本当なら、あの感動の再会の時に口付けたかったが、その元気もあの時はなかったからな。二人っきりになれるのを待っていたんだ。何しろ、タリアレーナだけでなく、デロス以外では家族で口付けを交わす習慣はあまりないというのを私も学院に通って学んだのだよ」
 ウィリアムの優しい笑みにアイリーンは、デロスに帰り、ウィリアムは奇病から復活した奇跡の王子を演じ、アイリーンは和平条約締結の証としてパレマキリアのダリウス王子に嫁ぐ日が、刻一刻と近づいてきているのを感じた。
「では、お兄様、クッションを外しますわ」
「そんなことは、メイドに・・・・・・。ああ、そうだな。ここは城ではないから、アイリ、頼む」
 ウィリアムは言うと、アイリーンにクッションを外してもらい、ベッドに横になった。
 アイリーンは丁寧に布団をかけ、ウィリアムが寝やすいように枕の位置などを調整した。
「おやすみなさい、お兄様」
「おやすみ、アイリ。愛しているよ」
 アイリーンはウィリアムの額にキスを落とした。
「私も愛しております、お兄様」
 アイリーンは言うと、ウィリアムの部屋を出て自分の部屋に向かった。


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