お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 皇帝のサロンは選ばれた者だけしか入るのとの許されない、いわば帝国の秘密事項を話す場所でもある。
 美しい屋上庭園を見下ろす窓の近くに二人分の椅子が用意されていた。
 皇帝が座し、カルヴァドスに椅子を勧めると、流れるような動きで侍女がお茶を用意して去っていった。
「久しぶりだな、カルヴァン。こうして親子で顔を合わせるのは何年ぶりだ? 皇后には、母には会ってきたのか?」
 本当の名前で父に呼ばれると、そこに船乗りのカルヴァドスはもう居なかった。
「ご無沙汰致しておりました父上」
「まったく、やっと放蕩息子のご帰還か。ちょうど良い、皇太子ここに有りとばかりに、あの目障りなパレマキリアを薙ぎ倒して参れ」
「そのつもりでございます」
 カルヴァドスは心から、アイリーンを助けるために言った。
「ただの親不孝のバカ息子だと思っていたが、お前のおかげで念願の『デロスの緋色の真珠』を妻に迎えることが出来るとは思わなかったぞ」
 満面の笑みを浮かべる皇帝、いや、父にカルヴァドスは思わず目を見張った。
 父宛の手紙にも、公式の皇帝宛の手紙にも、何度もカルヴァドスはアイリーンと結婚するために、相応しい身分が必要なので、家に戻ると書いて送ったというのに、父である皇帝は、そのカルヴァドスの意志を完全に無視するつもりのようだった。
「父上!」
 思わずカルヴァドスは声を上げた。
「手紙にも書いてお伝えしたはずです。アイリーンと私は相思相愛なのです。ですから、どうか、アイリーンとの結婚をお許しください」
 カルヴァドスの言葉に、皇帝は何事もなかったかの様に言い返した。
「皇族を離れているうちに忘れてしまったか? 王族、皇族の結婚は政治だ。皇帝である私が兵を動かし、パレマキリアからデロスを守る。そして、その見返りとして、デロスは緋色の真珠を差し出す。当然のことではないか?」
 皇帝の言うことは確かに間違ってはいない。しかし、エクソシアには自分という皇太子がいて、アイリーンと相思相愛なのだから、皇帝ではなく、皇太子である自分に嫁がせても良いはずだとカルヴァドスは言いたかった。
「それから、デロスの姫が嫁いできたら、皇后はデロスの姫とする。つまり、お前は皇太子ではなくなると言うことだ。その方が、お前も気が楽だろう?」
「父上、お願いです。私がパレマキリア遠征でそれなりの成果を上げたなら、どうか、アイリーンとの結婚をお許しください」
「このエクソシアの皇帝である私に、デロスの緋色の真珠を諦めろというのか?」
 皇帝は声を荒げるでもなく、楽しそうに問いかけた。
「父上の後宮には、もう百人にも及ぶ妃嬪が居るではございませんか! そこへ、アイリを妻に迎えると言うのですか?」
 うっかり、口が滑りアイリーンの愛称を使ってしまったカルヴァドスは、あわてて口を噤んだ。
「だから何だ? 皇后を廃される母への思いやりか?」
 皇帝は顔色一つ変えずに言った。
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