お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 船がカタリの港に入ると、手続きもそこそこにカルヴァドスはどこから見ても大海の北斗七星号の一等航海士にしか見えない姿で港に降り立った。
 アンドレは、せっかく黒く染めた髪をまたオレンジに戻したことを非難し、いっそ公爵として正々堂々と訪問すればいいのにとドクターも言ったが、カルヴァドスはすぐに馬車を拾い侯爵邸を目指した。
 理由は簡単だ。外務大臣をしているアイリーンの叔父にカーライル公爵、つまりカルヴァン・クレイル・カーライル・アルド・イスヒロスと名乗れば、それが長い間皇宮奥に引き籠もり、誰にも姿を見せないエクソシアの皇太子、カルヴァンだと知れてしまうからだった。
 アイリーンの助けにと置いておいたクロードとパスカルの二人が姿を見せ、貧民街からパレマキリアの刺客の目をごまかすため、棺桶に入れてアイリーンの兄が無事救出されたことを報告した。
 そして、最近のアイリーンは毎日のように裏口に近い食用のバラが植えられているバラ園に、午後、ちょうど今頃になると姿を見せると聞き、カルヴァドスは走って裏口の門の方へと走っていった。
 裏門からも美しく咲き誇るバラの花々がよく見えたが、何よりも、その花々の中にアイリーンを見つけたカルヴァドスは愛しさが込み上げ、そのまま敷地内に許可なく踏み込み、アイリーンを連れ去ってしまいたい気持ちになった。

(・・・・・・・・まずい。このままじゃ、アイリと話すどころか、抱きしめて口付けてしまう。そんなことをしたら大変なことになる。とりあえず、今日のところは遠くから見るだけで我慢しよう。そして明日、邪魔だが大海の北斗七星号の連中も連れて逢いに来よう・・・・・・・・)

 カルヴァドスは深呼吸すると、バラを一枝手折り、それを胸に抱えて空を見上げるアイリーンの姿を見つめ続けた。
 その寂しげな様子は、カルヴァドスが想像していたのとは大きくかけ離れた姿だった。
 兄王子が見つかり、怪我も良くなって来ていると聞いたので、てっきり幸せそうな笑みを浮かべ、侯爵家でしっかり食事もできて顔色も良くなっていると思っていたのに、数週間ぶりに逢ったアイリーンの顔色は蒼く、沈んだ表情をしていた。
 ページボーイ姿の少年が駆け寄り『ローズ様、ジョージ様がお呼びでございます』と言うと、更にアイリーンの瞳に翳りがさした。

(・・・・・・・・アイリがローズってことは、ジョージっていうのが、王太子のウィリアム殿下ってことだよな? 仲が良くて、命がけで探しに来るくらいの兄妹のはずなのに、なんであんな暗い顔をアイリはしているんだ? 兄妹喧嘩か? したことないから分からないが・・・・・・・・)

 カルヴァドスには分からないことばかりで、門のそばを離れると、待たせてあった馬車に戻った。
 しかし、一等航海士姿に戻ってしまったため、再び港の安宿に泊まらなくてはならなくなったカルヴァドスに、アンドレが不満たらたらに『出陣前くらい豪遊させていただきたかったですね』と言ったが、アイリーンの翳りのある姿が気になって仕方ないカルヴァドスの耳には届かなかった。

☆☆☆

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